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店内の照明はファミレスらしく明るくて目が慣れないほどだったが、街自体が暗雲立ち込めるほどの事件報道がされている影響で客足は遠のき、閑散とした様子だった。
私たちは窓側の奥の方にあるテーブル席に腰掛け、話しを始めた。
「今回は情報交換としましょう。守代先生は答えられる範囲で回答いただけると幸いです」
「心配いりませんよ。気になっていることに関しては知っている限りお答えします。本当は先生がこの学園に来てくれて既に助かっているんです。社会調査研究部の三人、見ていて危ないところが前々からありましたから、先生が見守っていてくれるなら、少し安心できます」
「というと、先生は彼女たちと同じような超能力者であるのですか?」
私は聞くには抵抗があったが核心的な質問をぶつけた。
「確かに多少は扱うことが出来ますが、ゴーストと戦うようなことはできません。視えるだけと思ってもらえればいいでしょう」
視えるだけでも人と違うことで深い悩みに陥ることはある。彼は彼なりに苦労を抱えて生きてきたのだと私は察した。
ジュージューと鉄板の上で食欲をそそる音を奏でるハンバーグステーキを頼んだ守代先生と濃厚なデミグラスソースの掛かったオムハヤシライスを頼んだ私。ファミレスだからそこまで味に期待は出来ないが、食事をしながら一通りの情報交換を始めた。
私の予測していた通り、あの日の夜に助けに来た二人の新たな魔法使いは先生と親しい関係にあるアンナマリーと沢城奈月であり、焦った様子をしていた私の姿を見て、守代先生が二人に呼びかけたようだった。
守代先生が魔法使いやゴーストについて一定の知識があるのは、婚約者の影響が大きいとのことだ。詳しい事情はプライベートに踏み込んで詮索するようで聞くことは出来なかったが、私は一つ腑に落ちることとなった。
私の方はアリスプロジェクトのメンバーであることやアリスプロジェクト自体については伏せたが、他の街であのゴーストが猛威を振るっているところを見たという嘘を付いて乗り切った。
私は守代先生とあの新しいタイプのゴーストについての情報共有は今回しておきたかった。そのための必要な情報工作だった。
「それで、今回のゴーストについてですが……」
私はまだ憶測の部分もあったが、簡潔に今回のゴーストについて守代先生に話した。
「上位種のゴースト……リリスですか」
上位種……つまりは通常のゴーストを下位種とした上位互換の存在、女王格と言って差し支えない強敵が上位種である。
生物の死後に発生する残り香、怨念の集合体であり、世間には明かされていない人類の敵がゴーストであるが、彼らはそのような霊体であるがゆえに通常兵器が通用せず、超能力のような私たちが魔力と呼んでいる異能力が必要になる。
ゴーストは本来駆除できない外敵だった。それはワクチンが生まれる前のウィルスのようなもので、人類は科学を優先し、信仰するがためにこれまで、ただされるがままに蹂躙され続けてきた。
未だゴーストが世間で明らかにするのが困難である以上、対抗策を持つ私たちが出来ることを講じなければならない状況下にある。
「リリスは上位種の中でも極めて危険です。最悪の敵と言っていいでしょう。
他の街では魔法使いが全滅するほどの被害が報告されています。
今回この街に来たのも、この街にいる魔法使いを求めてのことでしょう。その目的自体は不明ですが、魔法使いの魔力を吸うことで進化を続けています。
その能力をコピーして使用可能と考えていいでしょう」
これ以上、魔法使いをリリスの栄養にされてはならない。それが最も重要とするところだった。
上位種、それは人間並みの知能を持ち、今回のように使い魔まで操るあらゆるものを利用してけしかけてくる危険な存在。
上位種といってもゴーストであるのは変わりはないが、人間に憑依して擬態しながら行動することが知られている。
今回のリリスはそれとも違う例外のように今のところ見えるが、厄介であることには変わりないだろう。
「リリスと言えば、土から生まれた最初の女性。同じく土から生まれたアダムの最初の妻ですね。神話の存在であるリリスが悪霊となって現代に召喚された、先生はそこまで非現実なことを考えておられるのですか?」
「それに近いものと考えてはいます……。あの外見を見て、底知れない能力を目の当たりにしてしまえば、そう考えてしまうのも仕方ないことでしょう」
もちろん理解してもらうのは難しいことだと思っていた。
だが、これ以上に分かりやすく説明する手立ても浮かばなかった。
「いいでしょう、正体はまだ不明ですが、リリスと呼称して対処に引き続きあたっていく事にしましょう」
守代先生と私は出来る範囲での情報共有といざという時の協力体制を進めていく事で同意した。お互い腹を割って話すことになったが、大きな収穫を得る形だった。
―――稗田先生。階段を降り、駐車場に着いたところで名前を呼ばれ私は振り返った。
「先生の磨く宝石がどんな輝きを放つのか、楽しみにしています」
守代先生の色気のある声が、何ともくすぐったく耳の奥まで響いた。
「それは、守代先生も同じでしょう? 原石を磨く者同士。悲しませないようにしましょう。特に先生の宝石はやり方を一歩間違えると簡単に輝きを失いますよ」
これは忠告ではない。私たちが教師であることを見失わないための戒めとなる言葉だ。
「そうですね。私が目を離さず面倒を見てあげないと壊れてしまう宝石にしてしまったのは、罪かもしれない」
例え話の羅列に愉悦の覚えたのか、守代先生はやけに饒舌だった。
少女を花やお菓子に例えることはあるけど、宝石に例えて愛でようとするのは、不道徳な行為に思えて、自然と笑いがこみ上げてくるのだった。
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