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天を仰ぐと、頭上から何かが降りてきているようだ。翼の形といい、嘴が付いているらしい事といい、鳥か何かだろうか。
「あれ、鳥⋯⋯?」
“多分ね〜”
言ってはみたものの、鳥にしては大き過ぎる。既に、鳥の影は私よりも一回り――ううん、五倍は大きくなっていた。このままでは踏み潰されてしまう。焦る気持ちはあるのに、身体が動かない。
「カノン! 私、踏み潰されちゃう! 助けて〜!」
“え〜っ!? もう実結の身体は動かせないよ!?”
「そんな〜!」
こんな所で、私の人生は終わってしまうのだろうか。嫌だ、死にたくない。ではどうすれば――
思考を巡らせていると、その鳥は旋回を始めた。もしかすると、私を潰す気はないのかもしれない。
お願いだから、踏み潰さないで。息を詰まらせながら、鳥の行方を見守る。
鳥が地面を揺らしながら着地をしたのは、三メートル程離れた場所だろうか。着地の衝撃で、突風が吹く。私の身長はあろうかという程の大きさの黄色の爪と三本の足、緑色の羽毛で覆われたコロンとした大きな身体、身体よりも深い緑色の瞳――あまりの迫力に悲鳴が漏れた。
“この巨大な鳥、何⋯⋯?”
先に反応する事が出来たのはカノンだった。
不服があるのだろうか。緑の鳥は翼をばたつかせる。目もつり上げている。
「『何』とはなんだ。失礼だろう」
“じゃあ、何なのか教えてよ”
「お前とは会話した事がある筈だが」
カノン『とは』という事は、私とは話していない、という意味だろうか。確かに、初めて聞く声ではある。
この場はカノンに任せつつ、鳥の様子も窺ってみる。しかし、鳥は瞬き以外に身体を動かす事はしない。
カノンは“う〜ん”と唸った後、何かを閃いたように小さな声を上げた。
“もしかして、魔法を習得した時に、この塔で会話したのって、貴女?”
「そうだ」
“まさか、人じゃなくて鳥だったなんて”
カノンは驚いた声で、吐息混じりに話す。
私が会話をした他の塔の住人も鳥なのだろうか。カノンと一緒に驚愕していると、鳥の目付きが鋭くなった気がした。
「我は鳥でもないぞ」
「えっ?」
「まあ、今、此処で話す事でも無いだろう。お前たちの想像に任せる」
そこまで話すなら、正体を明かしてくれても良いのに。頬を膨らませてみたところで、鳥の表情は変わらない。
「それよりも、何か聞きたい事があったのではないか?」
「あっ⋯⋯」
忘れかけていた事実を思い出す。
聞きたいのに聞きたくない。怖くてぎゅっと瞼を閉じる。鳥の息遣いが聞こえてきそうだ。汗でビッショリと濡れた手で、スカートを握り締める。
「我からは、お前に何も教えられる事は無い」
言われた瞬間、脳に激震が走り、心臓が妙に飛び跳ねた。心に虚無が広がっていく。もう、何も考えたくない。
“じゃあ、知ってそうな人を教えて”
「そんな人物は居ない」
“なんで? なんでそんな風に言い切れるの!?”
「居ないものは居ないのだ」
私の代わりに反発するカノンに、鳥はゆっくりと首を振る。
“そんなの信じないから!”
カノンが声を張ると、鳥は深い溜め息を吐く。
「我は⋯⋯この世界の創造主の一人。女神なのだ」
“えっ?”
「我は呪いを解ける術を持ち合わせていないし、仲間も同じだろう」
“⋯⋯仲間って?”
「他の塔の三人だ。彼らも我と同じく神なのだ」
最悪の結果だった。この世界の神ですら、呪いの解き方を知らないだなんて。――鳥の言葉を信じるのなら。
「貴女が神様だって信じられる根拠は?」
真っ直ぐに鳥――女神を見遣ると、女神も私に向けている瞳を細めた。
「無い。そもそもそも、それを証明する必要はあるのか? 我がお前に魔法を与えたと言うのに」
ぐっと奥歯を噛む。言われてみるとそうなのだ。人間に魔法を与えられる人物など、そうそう居ない。まさに、神や神に近い人物でもなければ。
身体の力が抜けていく。涙も勝手に流れていく。遠回しに、神に死刑宣告をされたのだ。
「詫び、という訳では無いが、これを持ち帰りなさい」
呪いも解けないのに、何を今更――そう思っていると、女神が一粒の涙を零したのだ。雫は落下し、地面に衝突した。大地に吸収されるでもなく、球体を保ちながら私の前に転がる。
持ち帰れとは、この事を言っているのだろうか。
渋々指で摘み上げると、シャボン玉のように光を反射させてキラキラと輝いている。大きさはビー玉と差程変わらないだろう。
女神を見上げると、その眼光が柔らかくなった気がした。
「そろそろ帰りなさい。仲間も待っているだろう」
“待ってよ! こんな事を聞く為に、わざわざ危険を犯して此処に来た訳じゃないの!”
「我に言われても、どうする事も出来ない。帰らないと言うなら、帰らせるまで」
私が何かをした訳ではない。勝手に、地面に魔法陣が現れ、緑色に発光する。
「必ず、その玉を肌身離さず持ち歩くのだぞ。必ずだ」
浮遊感に包まれる前に、確かにそう聞こえた。
「その玉を使わずに済む事を祈る――」
声が消えていったと思った時には、塔の中央でへたり混んでいた。
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