第11章 邂逅(後編)

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 まさか、アイリスが防御の手引きをしているのでは――  嫌な考えが過り、アイリスを睨み付けた。 「何? なんでそんな顔されなきゃいけないの?」 「自分でよく分かってるでしょ!?」 「なんなの? あたしたち、仲間でしょ?」  自分の事を殺そうとしている人が、仲間でいる筈がない。大きく首を横に振る。 「カノン、やっぱり可笑しいよ」 「可笑しいのはアイリスなの!」  つい、心配してくれるリエルにも声を荒げてしまった。  影は口元を更に引き攣らせる。 「ワタシから話そう」  まさか、昨夜の出来事を話すと言うのだろうか。 「カノンには呪いをかけた。ワタシを倒せば、カノンは――」 「やめて!」  声を上げ、魔法の力を解き放つ。地鳴りと共に立ち上る岩は、又しても影を掠める事すら無かった。マントを翻し、影は岩の前に現れる。影は楽しそうに目を細めた。 「ワタシを倒せばカノンも死ぬ。それでもキミたちは、ワタシを倒せるか?」 「えっ……!?」  三人の視線が私に集中する。お願いだから、そんな目で見ないで欲しい。 「オマエ、なんで言わなかった!?」 「言わなかったんじゃない! 言えなかった……!」  今更になって恐怖が沸き起こってくる。膝ががくりと折れ、地面に落ちた。そのまま両手で顔を覆う。 「お前、なんて事を……!」 「ワタシだけではない。そこに居るキミも共犯だろう?」  影はスッとアイリスを指差す。やはり、昨夜のあれは、見間違えなんかではなかったのだ。  一気に、頭に血が昇っていく。 「アイリス、そんなに私が憎いの!?」 「あたし、何も知らない! ホントだよ!」 「私、見たんだよ!? その言葉を信用出来ると思ってるの!?」 「カノン!」  弾けるような叫び声と共に、身体が左側に引き寄せられる。 「絶対に殺させない」 「影を見逃すなんて……そんなのは駄目!」  そんな事をすれば、この場の全員が殺されてしまう。世界も消されてしまう。 「違うよ。影は消滅させる。カノンも無事に帰す」 「そんな事――」 「何か方法はある筈だよ」  私を抱くリエルの身体が震えている。まさか―― 「リエル?」  私の為にリエルが身代わりになるなんて、絶対にあってはいけない。リエルの顔を見上げてみても、決意に満ちた表情を返されるだけだった。 「リエル……!」  何か返事をして欲しい。悔しくて、涙が溢れる。 「皆、覚えてる? 羽根の事」 「当たり前だろ」 「影を倒そう。先ずはそれからだ」  リエルにつられ、影の方へと視線がいく。  なんと、天に翳した影の手には、黒色の羽根の姿があったのだ。確実に私たちを殺す気でいる。  塔の中での出来事を思い返す。影を倒したいと念じれば、白色の矢が影の身体を貫いてくれる筈――  やってみよう。リエルから身体を離し、体勢を整える。  影を倒したい。黒色の羽根が黒色の靄を纏いながら、段々と形を変えていく。その様を見詰めながら、一心不乱に念じた。すると、額の辺りから淡い光を感じたのだ。見上げてみれば、緑色の羽根が宙にフワフワと浮かんでいる。  赤、黄、青、緑の四つの羽根は集まり、重なり合うと、やがて白色の羽根へと変化した。一方で、黒色の羽根は既に矢へと変貌していた。これでは私たちの羽根が矢に変わる前に、影の矢が放たれてしまう。 「早くしなきゃ……なんとかならない!?」 「それより集中しろ!」  そうだ、気を分散させては、かえってこちらの攻撃を遅らせてしまう。  白色の羽根だけを視界に入れ、なるべく影の矢の事は考えないようにした。  白色の羽根は淡い光を放ちながら、矢へと変化していく。そう、その調子だ。  完成した白色の矢は『行け』と念じる前に、空気が裂ける音を放ちながら、影に迫った。影も矢を放ちはしたものの、白色の矢はそれを避け、影を貫く。そこまでは見届けた。  私たちの前で黒色の矢が破裂し、又しても爆風が襲いかかる。悲鳴を上げる間もなく、身体は後方へと吹き飛ばされた。 「カノン。その呪いは千年続く。そして――」  なんとなく影の声が聞こえたけれど、それ以上、影は何も話す事は無かった。 「……ってぇ」  呻き声に目を移してみれば、ヴィクトが右脹脛から出血していた。爆発の衝撃で、何かがそこを傷付けたのだろう。 「ヴィクト!」 「今はオレを心配してる場合じゃねぇ! カノンだ!」  影を倒したであろう今、私はどうなってもおかしくはない。それにしても、白色の矢が出来上がる前に、影は自身の矢を完成させていたのではないだろうか。私たちの攻撃を待っていたとしか思えない。でも、まさかそんな事―― 「カノン、ワープして此処から逃げろ!」  はっと顔を上げる。言われるがままに、いつも通りのワープを試みる。それなのに、浮遊感も、光も感じない。ダイヤが駄目なら、エメラルドだ。もう一度、意識を研ぎ澄ませ、瞼を閉じる。やはり駄目だ。まるで、魔法の力が消え去ってしまったかのようだ。 「何してやがる!?」 「駄目、出来ないの! 何回やっても……!」 「リエル、カノン連れて逃げろ!」 「分かってる!」  何か異音が聞こえる。それが何かはすぐに分かった。頬を黒い矢が掠めたのだ。痛みで頬を庇うと、ぬるりとした液体が指を伝った。
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