第11章 邂逅(後編)

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 逃げる意味なんてあるのだろうか。生き残る方法なんてあるのだろうか。弱気な自分が顔を見せる。  そんな時、ぐいっと右腕が引っ張られた。険しい顔をしたまま、リエルは前方へと走り出した。無理矢理、私の足も動き出す。 「リエル、怖い……!」 「絶対に俺がなんとかする!」  昨日、折角想いを確かめ合えたばかりなのに。幸せな未来が待っている筈なのに。こんなところで死ぬなんて、絶対に嫌だ。  涙で視界が歪む。その涙を拭う余裕すら無い。  黒の矢の雨が降る中、どれくらい走ったのだろう。景色が変わらないから、距離感が全く分からない。もう、体力も残っていない。足がもたつきそうだ。それでも足を止める訳にはいかない。  繋いだ手を必死に握り締める。リエルはちらりと振り返り、私の手を強引に引っ張った。 「……ごめん!」 「えっ……?」  一瞬、何が起きたのか理解が追い付かなかった。  身体は倒れ、地面と衝突する。そんな私の身体に覆い被さるように、リエルも倒れ込む。  何をしようとしているのかが分かると同時に、血の気が引いていく。  そんな事をすれば私ではなく、リエルが死んでしまう。 「駄目だよ! 止めて!」  胸板を叩いたり、服を引っ張ったりしてみるけれど、止めてくれる気配は無い。  もう逃げきれないと思ったのだろう。リエルは自らの命を捨てて、私を庇おうとしているのだ。  そうしている間も矢の雨は降り止まず、私たちの擦れ擦れを掠める。  そして―― 「もう良い!」  カノンの叫び声が聞こえ、はっと瞼を開ける。気が付くと、意識がカノンから実結に戻っていた。身体を起こすと、前方には泣きじゃくるカノンの姿があった。緑色の墓標の右隣には、いつの間にか、それにそっくりな形の青色の墓標が現れている。 「さっきの続きは……貴女も知ってる通りだよ」 「そんな……」  五年越しの想いを伝え、結婚を誓った翌日、戦いに巻き込まれて死んでしまうなんて。しかも、偶然ではなく、確かな殺意を持って。  嘆かない訳がない。 「私は殺された。何も出来なかった。リエルを悲しませただけだった」  何も反応してあげる事が出来ない。唇を噛み、視線を地面へと下ろす。 「私は影とアイリスを許さない。でも、これから先は実結の人生だから。どうするかは貴女の自由だよ。貴女には呪いがかけられている訳ではないから。思考だって、貴女の自由」 「う〜ん……」  火の塔に行った時、何故、フレアの手を叩いてしまったのか理由は分かった。私の中に残っていたカノンの感情が、そうさせたのだろう。  だからこそ、これからフレアとどんな風に接すれば良いのか分からない。私の中にある恨みの感情が抑えられるとは考えにくいのだ。  それに、クラウも。カノンとリエルが恋人同士だったからといって、私とクラウも恋愛関係になるかと聞かれれば、答える事なんて出来ない。  目覚めた後の身の振り方が、分からなくなってしまった。 「私は……」 「どうしたら良いのか分からない?」 「うん……」 「そうだよね。急にこんなものが前世だって言われて、戸惑わない人なんていないもん。ゆっくりで大丈夫」  カノンは涙の跡が残る顔で、儚げに微笑む。 「カノンはずっと一人で此処に居たの?」 「ううん、違うよ。早くリエルに逢いたくて、この世界の十倍の速さで時が進む地球に行ったの。転生に百年も掛かっちゃったのは、私のその判断が間違ってたのかもしれない」  カノンは自分の墓標の横にある、青い墓標に目を落とす。 「そのお墓は……」 「そう、リエルのお墓。どうして亡くなったのか、私も知らないの。でも、亡くなった暦は私と同じ。たった一ヶ月で、何があったのか……」 「一ヶ月?」 「うん。亡くなった日付は、私が殺された一ヶ月になってる。考えたくはないけど……」  リエルも殺されたのだろうか。しかし、以前にアレクが殺されたのは一人、と言っていた筈だ。それを信じるのなら、カノンの言うような心配は無い。 「まさか……」  自ら命を――嫌な考えが過り、サッと血の気が引いていく。何度か頭をブンブンと振る。それは無かったと信じよう。 「私はアイリスを疑ってる。私を殺したんだもん。他の仲間が狙われても、可笑しくはないから」  やはり、原因はアイリスなのだろうか。私の中で、一番有り得る答えではある。  そうであれば、アイリスを許す事は到底出来ないだろう。勿論、フレアもだ。  ううん、此処で結論を出してしまうのは早計だろう。本人に聞いてしまうのが、一番良いとは思うのだけれど。 「クラウに聞いたら、話してくれる、かな」  恋人に死なれてしまった過去なんて、出来れば思い出したくないだろう。正直に話してくれるかも分からない。なにしろ、出会ってからまだ一ヶ月程度しか経っていないのだ。  思わず「う〜ん……」と唸り声を上げてしまった。 「実結、もうあんまり時間が無いみたい。空が白み始めてる」 「えっ?」  空を見上げてみても、何も変わらない澄んだ青空が広がるばかりだ。 「此処じゃなくて、ダイヤだよ〜」 「あっ、そっか」  カノンは「ふふっ」と笑い、手を後ろに回す。 「実結は実結の人生を歩んで。私はいつでも貴女の味方だから」  カノンは今日一番の笑顔を見せる。その笑顔が歪んでいく。ううん、彼女の顔だけではなく、風景も。数秒と掛からず、世界は暗転した。
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