第12章 悪夢

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「いつから?」 “実結がスティアに来た時から”  そんなに前から一緒に居たとは。全く気付かなかった。  それより、考えを元に戻そう。クラウがこの指輪をくれた理由だ。  これは元々カノンの物で、私たちには関係の無い物だ。たとえ、カノンの生まれ変わりが私で、リエルの生まれ変わりがクラウであったとしても。この結婚指輪が意味するのはカノンとリエルが結婚していたという事実だ。でも、再びクラウの手から私に渡ったという事は、今世でも結婚指輪をくれた、という事になるのだろうか。そう、結婚―― 「結婚〜!?」  気付いた瞬間に手はガタガタと震えだし、又しても指輪が床へと転がった。日光を乱反射させるそれを見詰めながら、口で呼吸をする。  そんな事を決め付けては駄目だ。兎に角落ち着かなくては。  これはあくまでも無理矢理渡されたもので、今すぐ私とクラウがどうにかなる、という訳では無い。恐らく、私の顔は茹でダコのように真っ赤に染まっているだろう。 「カノン。何でこの指輪を……くれたんだと思う?」  私の頭は正常には働いてくれない。助けを求めての発言だった。それなのに、カノンは“う〜ん……”と唸ると、小さな溜め息を吐く。 “そんなの私に聞かないでよ〜。本人に聞かなきゃ”  聞けない。聞き辛くて仕方がない。  頭を抱えていると、カノンが今度は寂しそうに口を開く。 “う〜ん、でも、私の時とは違う理由だと思うよ?” 「どういう風に?」 “だから、私に聞かないでよ〜。言える事といったら、私のせいって事かなぁ”  カノンのせい――つまり、カノンがあの時に殺されてしまったせい、という事だろうか。  もう一度、指輪に手を伸ばし、ゆっくりと摘み上げてみる。  考えてみれば酷い話だ。プロポーズしたその次の日に、助ける事も叶わず、相手に腕の中で死なれてしまったのだから。私だったら、後悔してもしきれない。 「カノンって……凄く残酷な事をしたんだね」 “うん……。だから、実結はそんな事しちゃ駄目だよ?“ 「分かってる……」  カノンと話しながら、クラウに言われた言葉を思い返していた。  ――もう、俺に返さないでね――  カノンみたいに死なないでね、という意味だろう。仲間だからそんな気持ちは分かるし、私だって殺されたくない。何としてでも生き延びたい。  そうは言うけれど、カノンでさえ何も出来なかったのに、私には何が出来るのだろう。  リングの上に、一粒の涙が零れ落ちた。  考えても、考えても分からない。また何も出来ないのだろうか。殺されるのを待つしかないのだろうか。  座る事も苦痛になってしまい、ベッドに寝転がって布団を抱き締める。  そうしている間に正午を過ぎていたらしい。遠慮がちにドアがノックされると、アレクが顔を覗かせた。手にはスープ皿が――とても食べる気にはなれない。 「テーブルに置いとくからな。無理にでも、ちょっとでも食うんだぞ」  声で返事をする元気も無く、小さく頷いてみせた。  それ以上何かを言うでもなくアレクは去り、コンソメの香りがこちらまで漂ってきても、やはり食欲は感じなかった。ただただスープが冷めていくだけだ。 “いつまでそうしてるの? 気持ちは分かるけど……”  気持ちが分かるのなら、放っておいて欲しい。 “ねえ、何とかしなきゃ。このままじゃ――” 「何とかなるの? 最初からなるなら、カノンは殺されないで済んだし、私だってこんな事になってないよ」  自分で言って、自分でショックを受けてしまった。耐え切れずに布団を抱く手に力を込め、涙を流す。  この空気に耐え切れなくなったのか、カノンも悲しそうに言葉を紡ぐ。 “実結はこのままで良いの?” 「そんな訳無いよ。だけど、考えても考えても、どうして良いのか分からないの」  呪いの知識がある訳でも無いし、かと言って、呪いに詳しい知人が居る訳でも無い。カノンの記憶が戻ったからと言って、この世界の事柄を全て知った訳でも無い。  私だけでは限界がある。 “分からないんなら、聞けば良いんだよ” 「誰に?」 “魔法をくれたあの人は? ……う〜ん、私、何か忘れてる気もするんだよね〜”  魔法をくれた、姿も見せないあの人たちが、何かを知っているというのだろうか。  縋り付けるものなら、何にだって縋りたい。ただ、私にはまだ勇気が足りない。  誰か一緒に塔へ行ってはくれないだろうか。  此処に居る三人を頭に思い浮かべた。  フレアは論外だ。カノンを――私を殺した張本人であるかもしれないのだから。顔を見るだけで、私が冷静では居られなくなりそうだ。  アレクはどうだろう。アレクなら友人以上の何者でもないし、一番話しやすい。しかし、私の呪いの痣を見られた時、アレクはフレアを追い掛けて部屋を出ていってしまったのだ。もしかすると、まだフレアと一緒に居るのかもしれない。  残るはクラウしか居ない。クラウの顔を思い浮かべると、リエルの笑顔と重なる。それだけで、頬が高熱を発し始める。  こんな状態で大丈夫だろうか。  取り敢えず、話をしてみない事には、一緒に来てくれるかも分からない。部屋まで行ってみよう。  布団を放り投げ、廊下へと出てみる。リエルの部屋と同じなら、あの部屋の筈だ。真っ直ぐ伸びる廊下をトコトコと歩く。手は汗でびっしょりだ。  そうしてすぐに部屋の前まで来てしまった。何回か深呼吸をし、ノックをしようと右手で軽く拳を作る。後は腕を動かすだけなのに、それが出来ない。鼓動は猛ダッシュしたかのように鼓動を速めている。  今の私には無理だ。  心の中で悲鳴を上げ、自室へと舞い戻る。背中でドアを閉め、そのままへたり込んでしまった。 「どうしよう……」  クラウしか居ないのに。そのクラウに助け求める事が出来ないなんて。 「一人で行く勇気は……」  こんなにも自分がへなちょこだったなんて思いもしなかった。  もし、塔に行っても呪いを解く方法を教えて貰えなかったら――もう方法など無いのではないだろうか。そう、考えてしまうのだ。  思わず両手で顔を覆った時、その声は聞こえた。 “私が一緒に行ってあげるから。それじゃ駄目?”  そうか。姿が見えなくてもカノンが居る。私は一人ではないらしい。  首を横に振り、唇を噛み締めた。
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