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帰ろうと思っても、身体が動いてくれない。女神の元へと引き返そうと思っても、ワープが出来ない。ただ涙を流し、悔しさに苛まれていた。
未来の事は考えたくない。絶望しか待っていない未来なんて要らない。
こんな事になるなら、もっと人生を楽しむのだった。私の人生はなんだったのだろう。
――何であんたが此処に居るの? 早く消えてくれないかなぁ――
――あはっ! 見てよ、変な字の書き方ー!――
中学時代の嫌な記憶が蘇る。私を馬鹿にし、蔑んでいた人たち――
学校を休んだら休んだで、また嫌味な事を言ってくる。中学校には私の居場所など存在しなかった。
あんな人たちとは一緒の高校にはなりたくなくて、必死に勉強した。無事に第一志望に受かり、高校時代は楽しい事でいっぱいだった。中学時代の嫌な事も忘れられるようだった。それなのに。
こんな異世界に飛ばされて、帰れないと言われて、おまけに死の呪いなんて――
思考がグルグルと渦巻き、絶望が忍び寄ってくる。
“実結、辛いのは分かるけど⋯⋯”
「分かるなら放っておいて!」
“でも、帰らなきゃ⋯⋯”
帰らなければいけない事なんて分かっている。既に私がダイヤから抜け出した事は、三人には知られているかもしれない。それでも、ダイヤにワープ出来る程の心のゆとりは、今の私は持ち合わせていなかった。
首を横に振り、口をきつく結ぶ。もう、どうにでもなってしまえば良い。半ばヤケになり、身体を床に横たえかけた。その時だ。
“あの人が⋯⋯来る”
カノンが小さく呟いた。
あの人とは、誰の事を言っているのだろう。小首を傾げると、塔の出入口が何かに覆われたのだ。一筋に私を照らしていた日光が遮られる。
「⋯⋯ミユ!」
聞き覚えのある声に驚き、振り向いた。
顔は逆光になり、暗くて良く分からない。ただ、サラサラと風に靡く短い髪は金に輝いている。
クラウに見付かってしまった。時間の問題だったとはいえ、叱られるのではないかと怯えてしまう。段々と迫ってくる青い瞳から、目が離せなくなってしまった。
「良かった、無事で。羽根を取りに行くなら、言ってくれれば――」
私の涙に気付いたのだろう。クラウの足取りが止まった。
「何があったの?」
問われても、それを言葉にする事が出来ない。あまりにも残酷過ぎる。
答える代わりに首を横に振った。
「言ってくれなきゃ分からないよ」
「呪いが⋯⋯」
言えたのはこれだけだった。また、力なく首を横に振る。それなのに、たったこの一言でクラウは察したらしい。
「何でそんな事⋯⋯! 俺も聞いてくる!」
「無駄だよ! 何回行っても同じだよ⋯⋯」
傷を広げるだけなら、このままの方が良い。
今にも魔方陣の中に飛び込もうとするクラウの服の裾を掴んでしまった。
「無駄なんて事は無いよ。だから、離して」
まるで子供を諭すように、優しく囁く。それでも離したくはない。一層強く掴むと、クラウは小さく苦笑した。
「ごめんね」
その両手は私の手を引き剥がしにかかる。直ぐに、手から布を掴んでいる感覚が無くなる。悔しくて、声にならない声が漏れた。
クラウは身を翻し、魔方陣へと突き進む。しかし、その身体が光に包まれる事は無かった。
「ミユに言えるなら、俺にだって言える筈じゃん。何で話そうともしないのさ」
震える声が塔に虚しく響く。
「俺はミユを死なせたくない! それだけなのに⋯⋯!」
クラウの膝ががくりと折れる。
「此処に居るの、神様なんだって」
「えっ?」
「他の塔に居る人も同じ。この世界の創造主なんだって」
聞かれてもいないのに、ボソボソと呟く。
「他の塔に行っても、答えは同じだろうって。私、神様にも見捨てられちゃった」
事実だけが重たくのしかかる。現実味なんて無い。
「ミユはそれを信じるの?」
「私だって、証拠はあるのか聞いたよ。でも、『それを証明する必要はあるのか? 私が魔法を与えたのに』って。もう、信じるしかないよ⋯⋯」
止まりかけていた涙が再び溢れ出す。
「なんだよ、それ⋯⋯」
大きな拳が一度だけ魔方陣を殴る。
「俺は諦めない。神だろうが何だろうが、言いたいだけ言わせておけば良い。俺はそれを超えてみせる。ミユの呪いを解いてみせる」
「どうやって⋯⋯?」
「諦めなければ、きっと方法は見付かるよ。リエルはあの時、諦めたんだ。そんな事、俺は絶対にしないから」
クラウはゆるりと立ち上がると、此方へ戻ってきた。しゃがみ込み、私の身体を抱き締める。
「大丈夫だよ」
たった一言が酷く心に染みる。とうとう涙腺は崩壊してしまった。声を上げながら、幼い子供のように泣きじゃくる。
「ミユをこんな目に遭わせた影を、神を、俺は許さない。たとえ、何があっても」
心に覆い被さろうとしていた絶望は、靄が晴れるように消えていった。代わりに希望の光が灯り始める。
そうだ。自分で諦めてしまっては、全て上手くいかなくなる。
私が先程まで相手をしていたのは神で、嘘偽りは無いのだろう。それでも、私は神よりも、クラウを信じたくなった。
この人が仲間で良かった――
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