8人が本棚に入れています
本棚に追加
その日は部屋の中で無気力な時を過ごした。何かをする訳でもなく、何かを考える訳でもない。眠ろうと瞼を閉じても、深い眠りに就く事は出来なかった。
夕食を摂りはしたけれど、何を食べたのか、味はどうだったのかも覚えていない。
深夜零時を過ぎたところで、ようやく明かりを消した。眠れるか不安ではあった。瞼を閉じてみると、意外にうつらうつらとしてくるものだ。そのまま意識は暗転し、気付いた時には朝になっていた。カーテンの隙間から朝日が漏れている。
重たい気持ちは一晩では晴れず、爽やかとは言い難い朝だ。
何とか着替えをし、髪を梳かす。ドレッサーにはカノンの結婚指輪が転がっている。そこへ自然に目がいった。
私だって、死にたくて死んだ訳ではない。カノンの思いを代弁するかのように、緑色の石が輝いている。
これから私はどう行動すべきなのだろう。塔に行って羽根を貰えば、待ち受けているのは百年前と同じ結果だ。どうせ果てるなら、足掻けるだけ足掻きたい。神が駄目だとしても、もしかすると何か知っている人が居るかもしれない。
一縷の望みが見えてきた時、ドアが三回ノックされた。
「ミユ? 起きてる?」
声に反応し、振り返る。顔を覗かせたのはクラウだった。
「今日からご飯は皆で会議室でって、アレクがさ」
皆でとは、四人でという事だろうか。フレアと一緒に食事なんて、私に耐えられる筈が無い。
「フレアも来るなら⋯⋯行かない」
「ミユの気持ちは分かるけど、いつまで避け続ける気?」
「それは⋯⋯」
もしかすると、一生避け続けるかもしれない。首を横に振り、口を真一文字にする。
「もしフレアが居なかったら、会議室に来れる?」
小さく頷き、俯く。
「ちょっとアレクと相談してくる」
ドアは静かに閉まり、クラウの気配は消えていった。
問題を作ったのはフレアなのに。何故、私がこんなにも悩まなければいけないのだろう。
イライラする気持ちを抑え、ふぅと溜め息を吐く。
“実結、覚えてる? 呪いをかけられた夜の事”
「覚えてるよ。忘れられる筈無いもん」
薄気味悪いあの笑みは、紛れもなくアイリスだった。五年間も仲間だったのだ。見間違える筈が無い。
“私は許せない”
カノンの怒りは私以上なのだろう。震える声と同調するように、顔の温度が上昇していく。
何があってもフレアとは食事は摂らない。固く決意し、両手で拳を握り締める。
それから数分後、再びクラウは顔を出した。私の様子を窺いながらも、そっと微笑む。
「今はフレアは居ないから。ご飯食べよう」
「うん」
今度は断る理由も無いので、すんなりと頷いた。それを見て、クラウは手を差し伸べてくる。
嬉しい感情よりも、恥ずかしい感情が勝ってしまう。なかなか手を取れずにいると、クラウは苦笑いをし、手を引っこめた。
「行こっか」
どちらともなく歩き出し、廊下を進む。フレアの部屋へ差し掛かると、ドアを思い切り睨みつけた。こんな事をしても何にもならないのに。小さく息を吐き出し、怒りを収める。
会議室に入ると、アレクは食事の準備をしてくれていた。三人分の皿を指定席の前に置いていく。
「今日はシリアルにしてみたぞ。好きなだけ食ってくれ」
気が滅入る事が続いているので、軽い朝食は有難かった。さっと食べて、直ぐに部屋へ戻ろう。挨拶もせずに席に座り、一呼吸置く。続いてクラウとアレクも席に着いた。
テーブルの中央にはシリアルの入った大きなボウルと牛乳、目の前には空のシリアルボウル――
「いただきます」
小さく呟き、手を合わせる。
木のスプーンで自身のシリアルを装うと、そのスプーンをクラウに渡した。牛乳もしっかりと注ぐ。
早く食べないと直ぐにふやけてしまう。頬張ると、カリカリとした食感と砂糖の甘みを感じられた。
「ミユ。あの夜、カノンの身に起きた事は、粗方アリアから聞いてる。その上で頼む」
顔を上げると、真っ直ぐに此方を見詰める黄色の瞳があった。
「フレアを受け入れてやってくれ」
朝食と称して説得する為だけに私を呼んだのなら、とんだ間違いだ。此処に居てやる理由は無い。一気に頭に血が上り、両手をテーブルに突いていた。
「ミユ」
その左腕をクラウが掴む。睨んでみても、首を横に振るだけだ。
「確かに、カノンとアイリスは仲良かったとは言えねーかもしれねぇ。でも、それだけで仲間を殺すようなヤツじゃねぇ」
「私が夢でも見たって言いたいの?」
「少なくとも、オレはそう思ってる」
馬鹿馬鹿しい。心内で嘲ると、クラウまでもがアレクに賛同を示す。
「実際、カノンはあの時に気絶してたから、夢だった可能性はある。あくまでも、可能性、ね」
『可能性』とは言っているけれど、決め付けに等しい。上手く私を言いくるめるつもりなのだろう。
「私が夢とか幻とか見たんだとしたら、あの影の台詞は何? アイリスに『キミも共犯だろう』って。影も私が見た夢の内容を知ってたって言うの?」
「それは――」
「そうだ」
アレクはクラウの言葉を遮り、キッパリと言い切ってみせる。
何処までアイリスに幻想を抱いているのだろう。嫌気が差してくる程だ。
最初のコメントを投稿しよう!