第14章 羽根

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 私の気持ちを分かってくれる人は居ない。今は怒りよりも、落胆の方が大きいだろう。首を振り、大きな溜め息を吐く。 「分かってくれないなら、もう良い。フレアとは仲直り出来ないし、したくない」  無理矢理スプーンを掴み、クラウの手を振り解いた。ふやけたシリアルと牛乳を口に流し込む。 「ご馳走様でした」  小さく呟くと、勢い良く立ち上がる。椅子の角に足をぶつけ、鈍い痛みを感じながら会議室を後にした。  最悪な朝食だ。  心は塞ぐけれど、このままのんびりしている訳にもいかない。いつ影が襲ってくるのか分からないのだ。少しでも魔法の練習がしたい。クラウとアレクには、その事を伝えなくてはいけないだろう。  朝の事もあったし、二人に会いたくはない。かと言って、自分勝手に屋敷を抜け出せば、また心配を掛けてしまうかもしれない。  どちらかと言うと、フレアだけを庇っていたアレクではなく、少しでも理解を示そうとしてくれたクラウの方が、まだ顔を合わせやすい。  仕方が無く椅子から立ち上がり、廊下へと足を踏み出した。心臓が破裂しそうな程に鼓動している。汗の滲む手を握り、小さく深呼吸をした。  そうして辿り着いたドアは、自分の部屋のものよりも大分おおきく感じる。右手で拳を作り、勇気を振り絞ってドアを三度鳴らした。 「はい」  くぐもったクラウの声が聞こえたので、恐る恐るドアノブを握る。静かに開いた隙間から、やっとの事で顔を覗かせた。 「ミユ!」  慌てて駆けてくるクラウの姿に緊張してしまい、半歩下がってしまった。 「入って」  笑顔で招き入れられ、それに従う。ダイヤの他の人の部屋に入るのは、これが初めてだろう。  改めて部屋の中を眺めてみる。きちんと整頓された部屋の家具は、全て青色――私の部屋の家具とは配置の違いは無い。それなのに、私の部屋とは全く違うように見える。色だけで、此処まで印象が変わるなんて。 「それで、どうしたの?」  聞かれ、はっと我に返った。 「私、魔法の練習がしたくて。外に出ても良いかなぁって」 「なんだ。それくらいなら、俺が一緒なら大丈夫だよ」 「クラウも来るの?」 「うん。駄目かな」  駄目とか、そういう問題では無い。ただ気まずい。  小首を傾げるクラウに、小さな唸り声を上げるしかなかった。 「駄目でもついてくんだけど。ってか、魔方陣作らないとミユも外に出れないんじゃない?」 「あっ⋯⋯」  言われてみればそうだ。カノンの記憶はあるものの、私が行った事のある場所とは言えない。  又しても唸り声を上げる。 「そんなに嫌がらなくても良いじゃん」 「じゃあ、少しは私の話を信じてよ」 「それは⋯⋯」  クラウは私から視線を外し、瞳を揺らめかせる。信じれば、アイリスがカノンを殺したと認める事になる。仲間だからそれを認める事は出来ない。そんな風に考えているのだろう。  私がそれを否定は出来ないし、考えを改めろとも言えない。言ってしまえば、信頼関係の悪化を招きかねない。  意地悪な事を言ってしまったな、と反省する。 「ごめんなさい」 「ううん、こっちこそごめん」  短な会話を終えると、クラウは魔方陣を描き始める。気まずい雰囲気を何とかしたくて、疑問に思っていた事を口にしていた。 「カノンが居なくなった後、リエルはどうしてたの?」 「えっ?」 「どうして⋯⋯死んじゃったの?」  アイリスがリエルを――とも考えてみたけれど、それならばクラウもフレアを快くは思っていないだろう。ただ、単純に気になってしまったのだ。  魔方陣を描き終えると、クラウは憂いの帯びた表情で此方を見る。 「まさか⋯⋯」 「多分、ミユが考えてるのとは違うよ」  これ以上聞くな、とでも言いたそうな口振りだ。 「俺は先に行ってるよ」  次の瞬間には、何事も無かったかのような微笑みを残して、この場を去ってしまった。  言いようのない心のわだかまりが残る。 「う〜ん⋯⋯」  聞いてしまったものは仕方が無い。私も後を追おう。気持ちを切り替え、魔方陣へと飛び込んだ。  浮遊感が消えた先に待っていたのは、見渡す限りの草原だった。所々に白色の秋桜のような花も咲いている。  振り返ると、クラウも既に到着していた。正面へ来ると、その顔に真剣さが増した。 「自分の意思で魔法を使ったことはある?」 「うん。花とか蔦なら出せたの。でも、岩は流石に部屋の中では出せないから」 「そうだよね」  クラウは何度か頷くと、横に来てしゃがみ込む。 「岩を出したいなら、こんな風に地面に手を翳して」  言い終わると、息を吸い込む。  次の瞬間には轟音を立て、大地から鋭い氷柱が何本も斜めにそそり立った。思わず感嘆の声が漏れる。 「魔法を使った後の光景をイメージしたら、こんな風になる。ミユも出来るよ」 「大丈夫かなぁ」 「心配なら、やってみる事」  クラウは私を見上げ、にこっと微笑む。  良し、次は私の番だ。不安を抱えながらしゃがみ込み、地面に両手を翳す。息を吸い込み、天に登らんばかりの岩壁を思い浮かべた。  『出て!』と心の中で叫ぶ。  イメージ通り、クラウの氷柱と似通った、尖った岩壁が天を貫くか、に見えた。一瞬、岩は動きを止めると、中間地点からポキリと折れ、ガラガラと崩れ落ちてしまった。 「ええぇ⋯⋯」  何が足りなかったのだろう。分からず、がくりと肩を落とす。 「やっぱり練習が必要だね」 「う〜ん、もう一回――」 「駄目だ」  何故か、クラウは私の動きを制する。 「何回もこんなに巨大な物出してたら、身体が持たないよ。次は明日、ね」 「え〜っ?」  折角、やる気に満ち溢れていたところなのに。ペタンと大地に座り込むと、クラウは私の頭を優しく撫でる。 「さっきのミユの質問」 「へっ?」  何の事だろう。上昇を続ける頬の熱を気にしながら、クラウを見上げた。その人は何処か遠くを見ると、悲しそうに目を細める。 「リエルの死因は⋯⋯ただの心臓発作だよ」  リエルは確か、あの時は二十五歳だった筈だ。病気でも無かったのに、そんなに若くして心臓発作なんて不自然ではないだろうか。 「俺は先に戻ってるよ。ミユも直ぐに来てね」  クラウは此方を見ず、すっと瞼を閉じる。そのまま光と共に消えてしまった。
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