(0)ミロ

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(0)ミロ

「明日、私に付き合ってくれないかしら」  母が僕にそう言ったのは、ちょうど成人の日の前日だった。  祝日だけど、僕が二十歳で迎える人生一度きりの日。何を考えているんだろ。 「麻実さん、明日は成人の日だよ」  母は、僕が『母さん』などと呼ぶと、『そういう風に呼ぶなって言ってるでしょ』と不機嫌になる。  母は、典型的なキャリアウーマン。大卒で大手通信会社に就職し、出産、育児の時にも会社を辞めず、キャリアを積んでいる。  そのプライドなのか、何なのか。それは僕にはわからないけど、いつまでも若い気持ちでいたいんだろうと思う。だから僕も、母を『麻実さん』と呼んでいた。  髪はベリーショート。長い髪=女性らしさなどと評する世の中の男どもを普段からさげすんでいる。  平日はスーツを着て僕よりも早く家を出ていき、土日は父と一緒に過ごしている。父もサラリーマン。夫婦仲がいいといえばいいのだろうが、どちらかといえば父が母に合わせているようだ。  土曜は父が、日曜は母が料理をする。平日は出来合い。普段の掃除は円形のロボットの、そして洗濯は僕の仕事だった。  そんな母が、珍しく家にいた日曜日の午後、僕を見るなり声を掛けてきたのだ。 「知ってるわよ。成人式、出るの?」 「いや、行かない」 「ほかに予定でもあるの?」  人がいっぱいいるところは苦手だ。大学の友人たちの中には出るやつもいるみたいだけど、連れだって一緒に行って楽しむような『親友』は、大学の友人にも、高校の友人の中にもいない。  もちろん、『彼女』などと呼ぶような存在も。 「無いよ」 「じゃあ、いいわよね。たまには私に付き合いなさい」  母は言い出したら聞かないタイプの人間だ。自分の言うことを他人が聞くのが当然だと思っているよう。 「いいけど、どこ行くの」  買い物か、それとも映画でも見るんだろうか。  この母が? どんな映画を見るのか、いやそもそも映画なんか見るんだろうか、想像がつかない。  そんな僕の戸惑い――いや、『怪訝さ』というべきか――を見て、母が珍しく笑った。 「料理教室よ。近くにフレンチの作り方を教えてくれるところがあるの。これからの時代、男性も料理くらいできないとね」  洗濯だけじゃなくて、料理も僕にさせるつもりだろうか。 「分かった」  そう応えた後、僕はため息を一つついた。
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