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(1)塔子
殿原という苗字を電話で聞いた時、耳を疑った。
あまりない苗字だったので、まさかなと思ったのだ。でも彼女に連れられてやってきた青年を見て、すぐにわかった。
あまりにもあの人──正路に、そっくりの眼差しだったから。
この日の教室は「カップル限定」にしていた。
元麻布にあるこの料理教室に現れた殿原麻実は、かなりの美人だった。背が高くて足が長い。キャリア系雑誌のモデルみたいだった。
「姫宮先生、夫が来れないので息子を連れてきたんです。よろしくお願いします」
その息子を見て、私は息が止まりそうになった。声が少し震えた。
「ぜ、全然構いませんよ。えっとお名前は殿原麻実さんですね。息子さんのほうは?」
「実路です」と母親の方が答えた。
実路……。正路がつけた名前なんだろうか?
彼はおずおずして会釈した。しかし女の子みたいに綺麗な子だ。あの人に似て目元はキリッとしているが、指も白くて細長い。料理なんてできるのかしら? 私が遠慮なくまじまじと見ると、顔を真っ赤にした。今時、なんて純情なんだろう。
すると殿原さんが言った。
「すいません、人見知りなんです。恥ずかしいわ」
「そんなことないですよ。素敵な息子さんですね。羨ましいです」
クッキングスクールを開業して5年、まさかこんな事態になるなんて思いもしなかった。本当に彼の奥さん、彼の息子なのだ。
それに幸せそうな親子。私は軽いジェラシーを感じた。
今日は若いカップルがほとんどで夫婦で参加しているのは、大概はいかにも新婚さん。親子で参加は殿原さんだけ
限定10カップルの教室は賑やかだ。
生徒さんの中心に立って、ぱんぱんと手を鳴らすと、しんと静まりかえって全員の頭がこちらに向いた。いつもより緊張する。私らしくないと思った。
「はい、ご存知の方はいらっしゃるかと思いますが、私は姫宮塔子と申します。よろしくお願いします。今日はカップル限定で二時間、パートナーの方と一緒にお料理をしましょう!」
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