第1章 追憶

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 浮遊感が消え去ると、先程と同じように足を運び、墓石に左手を乗せた。 「ただいま」  そのまま優しく墓石を撫ぜる。  視界に映る左手の親指にはカノンとの結婚指輪が輝いている。そして、俺の首元ではカノンが身に着けていた結婚指輪が輝いている。  あの時、君の異変に気付いていれば、君を死なせずに済んだのだろうか。  後悔してもしきれない。  「ふぅ……」と吐息を吐き、右手を握り締める。  とその時、心臓が妙に強く飛び跳ねた気がしたのだ。それは一回きりで、今は落ち着いている。  何だったのだろう。ただの気のせいだろうか。  何度か深呼吸をし、胸を擦ってみる。  だが、それは気のせいなんかではなかった。突如として耐え切れない程の胸の激痛に襲われたのだ。 「……う……ッ……!」  鼓動がおかしい。脈が速過ぎる。それに、真面に呼吸すら出来ない。  苦しさに耐え切れず、両手で胸を押さえ付けながらその場にくずおれた。  俺も此処で終わってしまうのだろうか。  まあ、それも良いのかもしれない。これ程の悲しみを背負って生きていける程、俺は強くはないのだから。  喘ぎながら墓石の方へと目を向ける。  すると、透けてはいるものの、カノンがにっこりと微笑んで俺に手を差し延べていたのだ。無邪気に笑うその表情も、艶やかな焦茶の長い髪も当時と何一つ変わってはいない。 「カ……ノン……」  こんなにも腑甲斐ない俺を迎えに来てくれたのだろうか。  何とかカノンの手を取ろうと必死に自分の手を伸ばす。  だが、触れるか触れないかというところで意識が遠のき始めてしまった。瞳から涙が零れ落ちる。  ごめん。俺は何も出来なかった。してあげられた事は沢山あった筈なのに。  次こそは、必ず君を幸せにしてみせるから。君がどんな姿をしていようと、何処に居ようと必ず見付け出す。だから、どうか忘れないでいて。  君を──愛してる──  瞼を開けた瞬間、片手で掛け布団を引っ掴んで飛び起きていた。  今頃になってこんな夢を見るなんて。  息は上がっているし、滝のような汗も掻いているし、最悪だ。  取り敢えず、落ち着いたらシャワーを浴びて着替えよう。  息を整えつつ、ベッドで胡坐をかいていた。 “クラウ、ごめん……”  この声はリエルだ。今までこんな声は聞こえた事が無かったのに、俺が魔導師として覚醒してからと言うもの、度々こうして話し掛けてくるようになった。 「何で?」 “俺のせいでうなされてたじゃん? だから”  今更そんな事を言うのか。  溜め息を吐き、前方を見据える。 「謝らなくても良いよ。これくらい、なんてことないから」 “……うん”  納得してはいないのだろう。それでも謝罪を重ねられるよりも俺の気持ちは楽だった。  リエルはどんな気持ちで俺の――いや、俺の前世を見てきたのだろう。  カノンを探すためにエメラルドへワープを繰り返し、寿命を縮め、散っていった前世を。  物悲しい気持ちになってしまい、胸元で輝くカノンの結婚指輪を握り締めてみる。 “あっ” 「ん?」 “カイルが来る”  リエルの宣言通り、部屋の外から慌ただしく駆ける足音が近付いてきたのだ。間を置かずにドアは開かれる。 「クラウ様、おはようございます! ……あっ、起きてらっしゃったんですね」  その手にはグラタン皿がある。朝食を持ってきてくれたのだ。  返事をせずにいると、カイルの表情はだんだん曇っていく。 「リエル様の夢でも見たんですか?」 「……うん」  カイルはテーブルに近付くと、そっとグラタン皿を置く。 「冷める前に召し上がって下さい」  部屋中に美味しそうなコンソメの香りが漂ってくる。適当に相槌を打つと、ゆっくりとベッドから抜け出し、朝食の席へと着いた。  カイルはテーブルを離れ、次の動作へと移っていく。 「カイル」 「はい」 「会議って何時だっけ」  カイルはクローゼットを漁りながら「えっと……」と考えを巡らせる。メモを取れば良いのにと思うのは俺だけだろうか。 「五日後です!」  割と直ぐだな、と考えながら、スプーンを手に取った。それをグラタン皿へ向ける。  チーズが掛かったホワイトソースの下からは米が覗いている。今日の朝はドリアか。  一口分を掬うと、息を吹きかけてから頬張った。 「今日の予定は?」 「ありません!」  聞くまでも無かった。魔導師である俺には、そもそも会議と言う名目で仲間たちと会う以外には予定が入らないのだから。  元気に返事をするカイルに、思わず苦笑いしてしまった。 「お着替えは此処に置いておきますので。また後程伺います!」  言うと、カイルはまた慌ただしい足音を立てて去っていった。窓の近くにある椅子の背凭れには用意してくれた着替えが掛けられていた。 「ふう……」  程良く満腹中枢が刺激され、満たされた気分になる。  立ち上がると、おもむろにその窓へと近付いてみる。  外はダイヤモンドダストが舞い、突き抜けるような空が広がっていた。きっと外は凍るような寒さなのだろう。  その手前には俺の姿が映っている。金の髪に大きな青い瞳――嫌でもリエルを思い起こさせる。 「リエル」 “何?”  囁く俺に、リエルも何処か遠慮がちに返す。 「これは俺の人生だから。リエルは気にしないで」  今日は暇を持て余しそうだし、シャワーを浴びたらエメラルドへ行ってみよう。  こうしてカノンを探し続ければ、俺も前世――ノア、レイス、ライリーと同じように寿命を全うする事は出来ないのだろう。それでも、俺は構わない。  カノンさえ見付かるのなら――
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