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 秘密の関係というのはなかなか、関係があるときには燃え上がるものだったが、いざ関係が切れてしまうとどうにもやるせないものだと知った。自分以外に相手とのやり取りを知る者がいない。それだと相手がいなくなったときに、全部自分の妄想だったのではないかとすら疑ってしまう。都合のいい夢だったのだとか、小説のキャラに当てはめて空想していたのだとか、とにかく現実ではなかったように感じてしまう。何度も感じた体温ですら、今では存在を疑うレベルだ。それほど一緒にいることには価値があって、形があった。離れた途端に砕け散る、何かがあった。それをひとは愛とか情とか言うのだろう。  その愛とか情とかいうものが砕け散った朝霧は、今日も変わらず夜道を歩いていた。コンビニバイトの帰りはいつも深夜だ。深夜帯だと時給が上がってありがたいが、昼間は授業なだけに夜はやっぱり寝たい。金銭欲と睡眠欲との折衷案の一時上がりに平日の夜を支配されている。いつか休日も侵蝕されそうで怖い。明かりが一切なく真っ暗闇なのも多少怖い。  思わず身震いすると、前からフードを目深にかぶった男が近づいてきているのに気がついた。このご時世に真夜中の全身黒コーデ、フード付きとなれば犯罪者か犯罪者予備軍かのどちらかだろう。激しい人見知りの可能性もあるが、比較的長身の朝霧よりも高いタッパで何にそこまで怯えるのか。  とりあえず避けたいな、と朝霧が能天気に考えた瞬間、いきなりゼロ距離まで詰められた。全力疾走から抱きつかれたのだ、とは、キスされてから理解した。授業六コマからのバイトで頭が寝ていた。 「ちょっ、やめろ! 警察呼ぶぞ!」  揉み合いになった。街灯が極端に少ない通りでどうにも見えづらい。そのせいで判断力まで鈍った。距離を取ればいいのに、相手のフードを取っていた。逃げるよりも、犯罪者を捕まえなければ、と必死だった。  しかし。 「酷いな。感動の再会じゃないか、朝霧。警察なんて水、差されたくないな」 「……蘇芳?」  懐かしい声。懐かしい口調。逆光で顔の造形は見えないが、体格は別れたあの日と同じだ。朝霧よりも長身で、たくましい。月明かりに照らされた髪の色は、どうにも茶色がかって見えた。朝霧の知る蘇芳は黒髪なのに。  でも、それ以外は蘇芳だった。何より、匂いが。輪郭が。 「ほら、君の恋人の『蘇芳』が生きてたんだからさ、お月見しようよ」  そういえば今日はスーパームーンだったな、と不審者の言葉で思い出した。いつもより大きな満月が夜空に堂々と浮かんでいた。
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