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「君の親友の『蘇芳』が邪魔だったんだよね」  どうして生きているのか、死んだはずじゃなかったのか、どうしてここにいるのか、なぜ連絡がつかなかったのか……と、果てない疑問を朝霧が処理しきる前に、蘇芳が語り始めた。だから朝霧は黙って耳を傾ける。公園のベンチで、街灯の下で見た蘇芳は無駄のない美青年で、きちんと朝霧の知る蘇芳だった。 「俺は恋人になりたかったのに、朝霧ってば俺を友達扱いするからさ。『一生ズッ友』とか言われたときはもう、俺ってそんなに恋人らしくないかなって思っちゃったよね」 「そんなつもりじゃ――」 「うん、だろうけどさ。でも俺はそう思ったから」  そこまで言われては否定できない。感じ方は人それぞれで、相手の問題だ。朝霧が決めることではない。 「だから、しばらく連絡取るのやめて、友達としての俺には死んでもらって、それでももし朝霧が俺のこと探してくれてたら、恋人としての俺を求めてくれてたら、恋人としての俺が生きてたら、そのときまた会おうって思ったんだよ」  わかるような、わからないような。 「……俺が探してなかったら、どうしてたんだよ」  蘇芳は死んだものとして、平然と日常生活を送っていたら。むしろその可能性のほうが高かったはずだ。大学の同期には朝霧の態度は普通に見えていただろうし。恋人を探して憔悴しているようには見えていなかったはずだ。 「待つつもりだったよ。何十年でもね。朝霧が寂しくなった頃に出てきて、一から関係を作り直すつもりだった。恋人としての俺が恋しくなるように。……でも、実際は待ち切れなかったんだけどさ。朝霧も探してくれてたよね?」  思わず溜め息をついてしまう。そんなことのために音信不通にされていたのか、意味深な約束をされていたのか、重病かもと心配させられたのか、死んだと勘違いさせられて散々泣かされたのか……と。 「蘇芳」 「何……ぐはっ」  何かな? とでも言うところだったのだろう蘇芳へ拳を振るえば、顔を上げる途中だったこともあって頬へとクリーンヒットした。殴った右拳が痛い。暴力に訴えるなんてことは滅多にしないから。たぶん生まれて初めて誰かを殴った。こんなに痛いのか。じゃあ殴られた蘇芳はもっと痛いはずだ。  でも当然だろ。俺の痛みはそんなもんじゃなかった。お前を失ったと思って泣いた日々は、拳ひとつじゃ足りないくらいの重さだ。まだまだ全然足りない。 「くだらねえことしてんじゃねえよ。そんぐらい口で言え。あと」  話すことくらい平気なはずだったのに、そこで涙が溢れてきた。 「生きててよかった」  当たり前だ。二年も探し続けた相手、もう死んだかもと思った相手が、まだ生きていて自分を好きだと言っているのだから。  涙を零す朝霧を、頬をさすりながら見つめた蘇芳は、久しぶりに間近で味わう朝霧らしさに苦笑してから天を仰いだ。 「ねえ朝霧、今日の満月も綺麗だね」  公園の隅の紅葉まで、青い月光が淡く染め上げていた。いつか屋上で、恋人として見上げた月に似ていた。
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