3:小説家は奇妙な夢を好んでみたい

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 車に乗り込んだ3人は、「息子さんに話を聞きたい」というゼゼの提案で謹二の自宅に向かう事となった。  道すがら言葉を交わしたところによると、ゼゼはやはり日系ハーフの両親を持つようだった。高校卒業までは日本で暮らしていたらしいが、その後アメリカの大学に通い、最近になって日本に戻ってきたのだという。どうりで日本語が上手いわけだ。  彼は今、学生時代の友人である一点湖紅(いってんこくれない)―――あのバーの店長の源氏名である―――を頼り、ルームシェアをしているらしい。  ゼゼは尖った見た目の割に、訊かれたことには丁寧に受け答えをした。ただ1つ、 「どうして日本に戻ってきたのか」  という問いには薄暗い笑みで沈黙を貫いたが。 「そういえば、うちの倅に何を聞きたいんだ?」  自宅まであと少しという所で、謹二は話の矛先を当初の目的へと移した。 「……ゲームをやってみたいと思って」 「『グッドナイトメア』を?」 「ああ」 「ロベルトがこんなことを言うなんて珍しいんですよ。普段はゲームなんてボードゲームくらいしかやらないんですから」  ―――死人が出てる曰く付きのゲームをわざわざやりたがるなんて。  謹二は先ほど後部座席に積み込んだ大きな荷物を思い出した。もしかしなくてもあれはゲーム機器だ。それも1人分ではない。 「息子さんに教わりながら皆でやりましょうね!」 「日常会話もほとんどないっていうのになぁ」  ハードルが高い、運転しながら頭を抱えた。 「……謹二さんはあのゲームについてどこまで知ってます?」  ふと手帳を開いた真白が尋ねてくる。謹二は「人の死因になるようなものは使われてないとしか」と首を振った。  具体的にどういったゲームなのかは、事件に関係しないかと思って記憶していなかった。篠原あたりなら何か知っているかもしれない。 「『グッドナイトメア』は株式会社ムーンフォールが制作した最新のVRゲームです。プレイヤーは"夢見る人"と呼ばれる旅行者で、訪れた異世界"ブバルディア"を探索します。マップの随所にちょっとしたイベントはあるものの、シナリオらしいシナリオはありません。壮大なオープンワールドのRPGでありながらエンディングがないんです。プレイヤーは本当にただ、架空の異世界『ブバルディア』を探訪するだけ……」  訥々と語り始めた真白の手元で、ぺらりぺらりと手帳がめくられていく。彼はこのゲームについてかなり下調べをしてきているようだった。 「ですので評価も大きく二分されています。……どちらかというと酷評が多いですかね。グラフィックは文句のつけようがないほど素晴らしいようで、没入感のあるストーリーがあれば楽しめたという意見もあれば、単純にこの世界観が不快で受け付けないという声もあります」 「……会社にとっちゃ大損なんじゃないか? こうして曰く付きのゲームになってしまったし」 「ところがそうでもないんです。このゲームの制作費用のほとんどは総監修である夢川邦彦が出しているそうで、自費制作のゲームを会社の名前で出しているような感じなので、金銭的にはむしろ得というか……」 「なんじゃそりゃ」  売るためにゲームを作るのではなく、わざわざ金を払ってまでゲームを作る人間がいるとは。思わず声をあげた謹二の後ろで「よほどこのゲームを作りたかったんだろうな」とゼゼがぼやいた。 「夢見る人は、形に残したがる奴が多いから」  何気ない一言が、妙に耳に残った。 「それはどういう……」  後ろに気を取られた謹二の肩を真白が掴んだ。  前を向けば信号が赤くなるのが見えて、慌ててブレーキを踏む。ぽすりと背中を座席に沈めさせた真白が、急ブレーキを非難することもなく「もう1つ面白い話があるんですよ」と話を続けた。 「"このゲームには普通の方法では辿り着けない、隠されたエンディングがある"っていう都市伝説が」  嬉々とした様子で「ゲーム関係の総合掲示板にあった書き込みなんですけどね」と声を弾ませる彼にはもう好奇心を隠す気もないのだろう。 「そのエンディングを見ると、2度とゲームができなくなるという噂ですが、『グッドナイトメア』のヘビーユーザーはこぞって隠しエンディングへの到達方法を探しているみたいです」 「好きなゲームができなくなるのに、どうしてそんなものを探すんだ?」 「噂話ですからね。自分に都合の悪い部分は信じていないんでしょう。ゲームはクリアするものという共通認識がありますし。ゲーマーはゲームをする生き物ですから……きっと、貴方の息子さんもそうですよ」  真白の呟きが何だか不吉だった。
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