2:歌舞伎町のおネエ?は噂話がお好き

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2:歌舞伎町のおネエ?は噂話がお好き

 歌舞伎町の雑多な繁華街の片隅に、知る人ぞ知る隠れ家のような雰囲気のバーがある。  ネオンの煌く雑居ビルの間に入り込むと、路地の先に見えて来る小さなバー『金曜倶楽部』。  広めのパーティールームと、5人しか座れない小さなカウンター席しかない変わった造りの店だが、窓を飾る格子戸であったり、ステンドグラスで彩られたランプであったりと、細やかなインテリアに店主の拘りが透けて見える。それらは全体的に和モダンといった風情で、洒落た空間を演出していた。  仕事帰りの謹二は、疲れきった様子でカウンター席にもたれかかる。  彼はここの数少ない常連客の1人だった。好んで酒を嗜むというわけでもないのだが、この店の空気は肌に馴染む。カクテル以外に焼酎やビール、日本酒なども取り揃えているところも良い。  何より気のいい店主と会話するのが楽しみであったのだ。  歌舞伎町では特段珍しいことでもないが、ここの店主は所謂オネエと呼ばれる人であった。  男をやめた理由は知らないし、聞こうとも思わない。彼女が気丈で美しく、面倒見の良い聞き上手な人だということは、確かな事実であるからだ。明朗快活な彼女の人柄に慰められた事もけして少なくはない。尊敬すべき恩人だ。  事件の解決に行き詰まった時、謹二は必ずと言っていいほど、この店を訪れていた。  ところが、いつも華やかな笑顔で出迎えてくれる赤いドレスを着た美丈夫の姿がない。 「いらっしゃいませ」  代わりに出迎えたのはすっきりとしたシルエットの青いドレスを着た青年だ。  肩まで伸ばした茶髪の隙間から、柔和に微笑む切れ長の目が覗いており、その上を飾る尻下がりの眉が、まるで困っているかのように見えるのが、印象に残る顔立ちだった。  ―――初めて見る顔だな。 「……店長をお探しですか?」  席にもつかずにぼんやりとカウンターを眺めていると、そんな風に声をかけられた。 「本日は団体様の予約がありまして、パーティールームにおりますが……お呼びしましょうか?」 「ああ、いや」  慌てて首を振った。  店長に会えないのは残念だが、接客中にわざわざ呼んでもらう程の用事はない。  出されたおしぼりで手や顔を拭いながらウイスキーを頼む。「畏まりました」と折り目正しく一礼した彼女が、少しぎこちない手付きでグラスを準備するのを何となしに眺めていた。  何処に何があるかを確認しながら慎重に事を進めるのは、彼女がこの店に入って浅いからだろうか。時折メモを確認しているようにも見える。  そういえば敬語は型にはまっているけれど、柔らかさがなかった。言葉を扱うことに長けてはいるが、もしかしたら接客業自体は初めてなのかもしれない。  加えて歩き方に違和感があるように見えるのは、歩幅が揃っていないせいだ。タイトなスカートに慣れず、大きく踏み出しすぎるからだろう。  つらつらとそんな事を考えながら、ふむ……と顎に手をやると、視線に気がついたらしい彼女は恥ずかしそうに眉を下げた。 「如何されました?」  少々不躾だったかもしれないと、「失礼」と申し訳なさそうに頭を掻く。 「職業病でね。もうすぐ定年だってのにすっかり癖になってる」  彼女に気にした様子はなく、「まあ」と感嘆に似た相づちが返ってくる。薄く笑みを称えたまま、コトリとグラスが置かれる。 「何かわかりましたか?」  謹二は少し悩んでから、 「もしかして、普段はそういう格好をしないんじゃないか?」  と聞き返してみた。  青年はぱちぱちと瞬きを数回した。そうしてニンマリと狐めいた笑みを浮かべると、 「よくお気づきで」  と今までより低い声でクスクスと笑った。どうやら意図的に高い声で話していたらしい。
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