1:VRゲーマー変死事件

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1:VRゲーマー変死事件

 部屋で息子が死んでいる。  都内に住む主婦からそんな通報があったのは、8月の()だるような夕方のことであった。  警視庁の刑事である笹田謹二(ささだきんじ)が部下の篠原と共にイエローテープをくぐると、すでに作業を開始している鑑識達の背中が出迎えてくれる。  現場は小さなアパートの一室だった。  被害者は両親との3人暮らし。息子はとっくに成人していたが定職には就かず、部屋にこもってゲームばかりしていたらしい。所謂ニートというやつだろうか。  今日の午後7時頃。  母親が友人との会食から帰ると部屋の電気がついていない事に気が付いた。不審に思って部屋を覗いた所、息子の死体を発見したというわけだった。  謹二はどこか覚えのある家庭環境に思わず眉間に皺を寄せた。それを知ってか知らずか、篠原が「鑑識さんが言ってたんスけど〜」と軽い口調で話の矛先を変える。 「遺体の様子? が、変? とか」  遺体はまだ自室にあった。  部屋にはいると菓子類と油の混ざった不快な匂いが立ち込める。雑誌や漫画、CD等のオーディオ機器で雑然としている部屋のいたる所に、スナック菓子のゴミなどが散乱していた。  その中でも目立つのが、部屋の中央に置かれた大きなテレビだ。ゲームのタイトル画面が延々と写し出されているようだった。周囲には据え置き型から携帯型までありとあらゆるゲームが散乱している。  そのテレビと向かい合うように、彼は座っていた。  メッシュ素材のリクライニング機能がついた椅子――正式な名前などはわからないが、長時間ゲームをする人間が好んで座ることだけは知っていた――の上に人が座っている。  ずんぐりとむくんだ四肢を投げ出して、仰向けにぽかんと口を開けていた。一見すると口を開けて眠っているようにも見えるが、確かに糞尿に近い異臭がする。その顔には水中でつけるゴーグルに似た機械がついていた。 「これは?」  怪訝そうに首を傾げると、「ゲームの機器っすよ、VRって聞いたことありません?」と篠原が声をあげる。 「3D映像と音響効果で、仮想現実を体験できるんス。自分の動きに連動して動くから、没入感?がはんぱねぇみたいな」 「はあ、最近のゲームは進んでるんだな」 「なにおじいちゃんみたいなこと言ってるんスか。VRゲーム自体は、そんなに最近出たわけでもないですよ」  ケラケラと可笑しそうに笑う篠原をジロリと見る。愛嬌はあるし悪い奴ではないのだが、口調からわかる通りに少し無礼な男なのだ。目上の人間にも遠慮がないというか。  謹二は上下関係にうるさい方ではないし、刑事として勤勉というわけでもないから厳しくは言わないが。他の人間と組むことになったら、苦労をするかもしれない。  だがまあここで心を鬼にしてでも矯正しないあたりが、謹二の怠惰なところだ。もう1年たらずに定年になるのだから心穏やかに過ごしたい。  ふむ、と謹二は顎をさすりながら遺体を眺めた。  非情におとなしい死に様であると思った。その体に外傷らしき痕跡はなく、争った様な衣服の乱れもない。唇に変色が見られないので窒息したわけでもなさそうだった。苦しんだようにも見えない事から、毒物だとしたら本当に一瞬で死に至ったということになる。 「まるでゲーム中に突然死んだみたいっすね」  篠原が代弁するようにぼやいた。「あんま馬鹿な事言うなよ」と小さくため息をつく。  しかし内心では同じような不安を抱えていた。遺体の様子は静かなものだ。ひどく損壊しているわけでもないし、妙な格好をしているわけでもない。  ただ、逆にその静かさか不気味だった。  ―――まるで、ゲームに殺されたような。 「死因についてはここで俺たちが考える所じゃないわな。その内詳しい事がわかるだろうよ」  言いながら遺体が死の直前までやっていたであろうゲームのタイトル画面をぼんやりと眺めた。  黒い背景に円形の幾学的な模様が点滅している。その上に滲んだような鋭角な字体でゲームタイトルが示してあった。 『グッドナイトメア』  ―――良い悪夢を、か。  なるほど、皮肉なものだがぴったりかもしれない。  不気味に思いながらも、謹二はこの事件もすぐに解決すると疑わなかった。死因さえ特定できれば解決に繋がるものがあるだろうと。  しかしその予想は大きく裏切られる事になる。  解決はおろかこの事件は2件、3件……と続いていき、後に"VRゲーマー変死事件"として騒がれるようになるのだ。
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