第10話 トランスシス兄妹【3】

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第10話 トランスシス兄妹【3】

 ルルの都合により、平和的な形で”魔王ソエゴン”の元からルルを家に戻らせることを誓うハイドとランジアであった。  ―なんてあり得るはずなどない。特にルルに心底惚れてしまったハイドはソエゴンを抹殺する気満々である。だがランジアは大好きな兄に危害を加えたものの、優しさを垣間見た”魔王ソエゴン”を殺すのを躊躇(ためら)っている様子であった。  …こんな気持ち変だよね。でも…あのひとはそんな悪いひとなのかな?  この気持ちがおかしいとは分かりつつも、どこか否定をしたくないランジアに対し、兄のハイドは説教をするのだ。 「ランジア。お前はあんな悪人面している奴の肩を持つのか。…おかしいだろ」 「そんなにおかしいのかな。ハイドはおかしいと思うの?」  するとハイドは決まったように宣言をする。 「あぁ。おかしいに決まっている。…ランジアはあの見目麗しいお嬢様を模倣して造られたから、優しすぎるんだ」 「そう…なのかな?」 「そうに決まっている。お嬢様も慈悲か魔術かなにかで洗脳されてあんなことを言ってしまったんだろう。…」  …可愛そう、なのかな。私はおじょーさまがに見えた気がしたんだけどな~。 「どうした、ランジア。なにかあったか?」  ハイドに問われたランジアではあるが、彼女は自身の胸にその考えを仕舞い込み…そして首を振った。そんな彼女の様子に不審を抱くもハイドは”ソエゴン抹殺計画”を立ち上げるのだ。  ―プラン① 料理中に射殺。 「ふふ~ん。今日はデリアラ豚の~ワイン角煮と~、スパゲティサラダにカボチャのポタージュと~それと~」  鼻歌と共に歌いながらキッチンに現れるソエゴンを傍目に、ハイドは目を鋭くさせテーブルに隠れた。手元にはランジアをトランス(変化)させた黒い小型銃を構えて。しかし一旦、ソエゴンが鼻歌交じりの歌を止めたかと思えば、豚の調理と自家製農園のカボチャを隣に置いたのだ。  …よし、ターゲット(魔王ソエゴン)は油断している様子だな…。  調理に夢中のソエゴンにハイドはにたりと笑う。だが携えられている銃にトランス(変化)しているランジアはあまり良い気分を感じなかった。…というよりかは。  …あの大きいカボチャ、どうやって切るのかな。豚のワイン角煮っていうのも…なんだろう? 「おい、ランジア。…行くぞ」 『あ…うん。ハイド』  反応が遅いランジアに違和感もあったが…彼は気にせずに術を唱えるのだ。 「ターゲット(魔王ソエゴン)。補足-ロード-発射」  すると弾が調理中のソエゴン命中した…はずであった。しかし命中をしたのは、ソエゴンの隣にあった大きなカボチャが粉砕する光景であったのだ。 「なっ!??」  驚いて目を見張るもののそれからのソエゴンは早い。防御魔術防御(プロテッジャ―-proteggere)を自分と、射殺しようとしたハイドに掛けたのである。どういうことか分からず困惑をするハイドとランジアではあったが理由が判明した。  ―なんと圧力鍋に入れていたデリアラ豚から火が吹き上がったのだ。その光景に驚く2体に広範囲で防御魔術を掛けていたソエゴンは、吹き上がるデリアラ豚にワインを注ぎ込んでから蓋を閉めた。  そして驚いている様子のハイドにソエゴンは申し訳なさそうな表情を見せる。 「あの…デリアラ豚って美味しいんだけど、周りに付いている脂肪は過熱性が高いから…さ」 「あ…そうなの…か」  驚愕して髪色を紫色に染めたハイドと、衝撃でトランス(変化)を解いて唖然としたランジア。こちらも驚いて髪色を兄と同じくさせた。そんな彼らにソエゴンは敵であるにも関わらず優しい忠告をする。 「うん。だから、その…僕が邪魔だったら、ここでは…キッチンではしないでくれないかな。…今回は切ろうと思っていたカボチャも木端微塵(こっぱみじん)に出来たから助かったけれど…その…危ないから」 「あ…はい」  申し訳なさそうに、そして自信なさげな声のトーンにハイドは驚きつつも承諾をした。  …やっぱりこの人は、優しくて…良いひとなんじゃないのかな?  ランジアが内心でそのことを考えているさなか、轟音に驚いたルルが飛び出して来たのである。 「なにかあったの…って、良かった~なんともなくて…」 「うん。なんともなかったよ」  少し苦笑を見せるソエゴンにルルは違和感を感じて髪色を水色に戻りつつある2体へ話し掛ける。 「でも…なにかあったのかしら?」  不思議な表情を見せるルルにハイドとランジアは顔を背けてなにも無かったかのような顔を見せた。だが勘の鋭いルルはなんとなく察しつつも、ソエゴンが倒されるはずは無いと信じているので話題を転換するように2体にお誘いをしたのである。 「そうだわ! あなた達もソエゴンの料理食べてみたらどうかしら?」 「えっ…それは、ちょっと―」 「ダメかしら?」  ―――ドキッン! 「い…いえ、お嬢様が仰るのであれば…」  ルルの小悪魔的な笑みにノックアウトされたハイドとなにも言わずに侮蔑をするランジアの両者を見て、ソエゴンも密かに微笑んだ。  …喜んでくれるかな。ちょっとドキドキしちゃうな…。  そんなことを思いつつも、テーブル席に乗せられた料理を見てランジアは嬉々として呑気に笑い、逆にハイドは毒を盛られていないか心配になった。  ―だがルルの誘いで疑心感を抱くハイドとなにも考えていないランジアはソエゴンが作ってくれた料理を食べると…。 「この豚…ホロホロで、おいしい…」  ハイドが驚きで目を見張れば、カボチャのポタージュを食すランジアも感嘆に息を吐く。 「かぼちゃ…甘くて、おいしい…」  人間では無いが、人間に近い彼らに褒められたソエゴンは嬉しさのあまり肩を震わせてしまう。そんな彼にルルは微笑んだ。 「良かったわね~。ねぇ~、ソエゴン?」 「あ…うん…、そう…だねぇ~」 「ふふっ!」  2体に褒められ、そしてルルに茶化されるソエゴンはかなり照れた様子だ。だからランジアは再び思考を巡らせるのだ。  …やっぱりこのひとはなんじゃないのかな。お父様が過敏すぎるんじゃないのかな。このひとは悪いひとには見えない…気がする。  ―だがハイドは違った様子であった。  …こうやって俺達を油断させて壊すんだ。お嬢様だってこうやって洗脳されていったんだ。…絶対にこいつの化けの皮を剥いでやる。  そう心に誓い、次の作戦を企画するのだ。
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