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第16話 魔王を奪う【2】
…ルルが今日、本当はここから居なくなるはずだったんだよね。…でも僕は、ルルが居なくなってしまったら…どうなるのだろう。
「ルルが居なくなったら…また”孤独の魔王”…か。でも、それだけじゃない。…僕にとってルルは…友達で、親友で、それでいて」
―愛しい人。ずっと傍に居て欲しい人。でもそしたらルルはどうなる。…ルルの将来は、どうなってしまうのだろう…?
夜のキッチンにて。残りのグレィティースシャーキィーを捌いて焼いてから生クリームと牛乳を織り混ぜたスープへ落とし込む。今日もそうなのだが、最近は冷え込むことが多くなった。だから寒い朝に、気持ちが落ち着いてホッとするようなクリームスープをソエゴンは作っているのだ。材料を切るうちに彼はこの前ルルが泣き出しそうなことを思い出し、手を止めたかと思えば深く息を吐くのだ。
「はぁ~…。ちょっと前のルルの言葉で思い出しちゃった…。最近はハイド君にランジアちゃんが来てくれているから感じなかったけれど…僕はルルのことを…どうしたのかな?」
ジャガイモや玉ねぎ、にんじんにブロッコリーを入れて煮込みつつ、気を紛らわすように明日のアフタヌーンティー用のお菓子も作ろうとした。明日は栗のタルトにしようと決めていたので、ソエゴンはいがぐりから剥きだした栗を魔術で柔らかくさせようとする。栗は火を入れると跳ねる性質があるので、魔術を使用した方が比較的楽に火が入れられるのだ。
意識を集中し、栗が跳ねぬように注意し感覚を研ぎ澄ます。…するとルルの部屋で物音が聞こえた、気がした。
「ルルの部屋からなにか音が…、なんだろう?」
火を止めて栗の火入れを止めたソエゴンはルルの部屋へと向かう。
―今夜は嵐が迫っていた。
―――コンコンッ…。
「ルル~、なにかあったの~? 大きな音が聞こえたんだけど~?」
返事が無い。返答さえもない。だからソエゴンは少し考え込む。
…おかしい。今はまだ夜の9時。今頃は勉学に励んでいる時間帯だ。しかも大きい音がしたのに、返事もしないなんて…。
「ルル、入るよ!」
心配になったソエゴンはドアを開け放った。するとなんということか…。
―そこには大きな黒い豹と共に水色の髪色をした黒スーツの青年が、眠っているルルを抱き上げている姿がそこにあった。だがなぜか部屋の窓は開け放たれており、青年…いやハイドはソエゴンを一瞥しては窓をじっと見つめる。…水色の瞳にはソエゴンが映っていないような気がした。しかし初めて出会った時と同じくらい警戒をしているハイドと大きな黒豹に、ソエゴンは目を鋭くさせ問い掛ける。
「ハイド…君、なにをしているの」
すると彼も鋭く、そして冷淡な口調で言い放った。
「…お前には関係が無い。任務を遂行しようとしているのだ。ランジアと共に」
すると黒豹はソエゴンに雄たけびを上げ、飛び掛かり鋭い爪で殴りかかろうとした。するとソエゴンは防御魔術を応用して大きな盾を造り上げ、豹の攻撃を防ぐ。そして恐らくランジアである豹に魔術を掛けた。
「経緯よ、魔術よ、示せ!」
すると大きな黒豹は呻き声を上げたかと思えば水色の髪をした黒いドレスの少女へ変貌し、倒れてしまった。そしてソエゴンは、彼女を抱きかかえようとするのだが…なんとハイドが舌打ちをしたのである。
「ッチ。…使えない奴だ。せっかく”魔王”殺しでアーク様へ通達しようと配慮をしたのに」
なんと妹を大事に想っていたはずのハイドが気絶をしているランジアを置き去りにし、ルルを抱きかかえたまま逃走したのである。
「ルル! それにハイド君、待って!!」
開け放たれた窓から颯爽と脱獄をしたハイドに唖然とするソエゴンは逃げ去る彼を追わずにはいられない。それは夜の森は危険だからでもあり、ルルが心配だからでもある。でも1番は…。
「…僕はこんな形でルルとは別れたくない。だって」
―ルルが大事だから。
しかしそれでもソエゴンは動けずにいた。それは今回の魔術は異変を探知し、解除を施す魔術。…つまり、なぜトランスシス兄妹がこのような違和感を抱かせたまま、ソエゴンへ攻撃を加え、ルルを攫ってしまったのかが不明であるから。だから彼は魔術で経緯を明白にしようとしたのだ。
数分が経ち起き上がったランジアが目を覚ます。少女の水色に輝く瞳にはソエゴンが映っていた。彼女の容体も安定をしている。安堵をしたソエゴンは状況が分かっていない様子のランジアへ問い掛けた。
「ランジアちゃん。気分は大丈夫そうだね?」
すると彼女は顔を強張らせているソエゴンに首を傾げ、尋ねるのだ。
「…ソエゴン、どうしてそんなに悲しそうなの? それに…ハイドは?」
「……ハイド君はルルを攫って危険な森へ向かってしまったんだ」
ソエゴンの硬く苦しそうな声色にランジアは髪色を紫に染め上げ、驚いた様子であった。しかし彼女は思い当たる節があるようで…。
「ソエゴン、私はあなたの行動を見てお父様に言ったの。…『ソエゴンは悪いひとじゃない』って」
「…ランジアちゃん」
少女の言葉に嬉しくて顔を俯きそうになるソエゴンではあるが聞き捨てならない言葉を聞いてしまったのだ。
「でも、お父様に変な魔術を掛けられた。そこからはあまり記憶が無い。ただ…『飲み物に薬を入れろ』って命令されて、おじょーさまのコップに薬を入れた…気がする」
正直な言葉でソエゴンへ言い放つランジアへ彼は考え込む。
…アークさんがなにかしらの魔術でこの2人を操作したのか。この魔術を掛けておいて良かったな。
原因はアークだと判明し、ソエゴンは兄のハイドが居ない妹のランジアへこのような言葉を掛ける。…それは自分の今の想いを秘めたものであった。
「ランジアちゃん。君のお父さんがルルを返して欲しいようだけれど…僕はこんな形でルルと別れたくはない」
「…そっか」
「でも、術に操られているハイド君を傷付けたくもない。…だってハイド君もランジアちゃんも、僕の大切な存在だから。だから、ごめん」
「…どうして謝るの?」
問い掛けるランジアにソエゴンは身を翻し窓に視線を向けたのだ。
「…これは君達のお父さんと僕の、魔術の勝負だからさ」
そして彼は探索魔術でハイドと、そして薬で眠らされているルルを探知するのであった。
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