1:黒色

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1:黒色

地元の神奈川から東京の建築会社の事務職につき1人暮らしを始めて10年。 そこは高齢の男性が大半をしめていて昭和のノリのパワハラ、セクハラ、モラハラ、あげくサービス残業が多く、世の中でいうブラック企業だった。 私はそれに慣れることなく、耐えに耐えたが精神的に追い詰められ辞職を決断した。 その後なかなか次の職が決まらず、家賃や生活費を少ない貯金でしのいでいたが減ってゆく残高を見て焦り、自暴自棄になって1人BARのカウンターで悔しさを抱きながらやけ酒をした。 すると「大丈夫?」と心配そうな顔をした男性に突然隣から声をかけられる。 初めて来たこのBARは高級で知られ、店は木材がたくさん使われていたため落ち着いたぬくもりがあった。 薄暗い中での暖色光とジャズ音楽が大人の雰囲気を作り出している。 「大丈夫です」そう答えたけれど「その様子じゃ大丈夫とは思えないよ。話を聞くよ」28歳の私より5つほど年上の男性から話しかけられ、警戒しながらも人懐こい笑顔につい愚痴をこぼした。 サラリーマン風の男性はグレーのスーツを着ていてネクタイは外してある。軽くパーマがかった黒髪と長いまつ毛、そして猫のような目が印象的だった。 かっこいい訳でもなく、だからといって不細工でもない。 弱りきった自分を見せて親や友人に心配をかけたくなかったため、見知らぬこの男性ならと気兼ね無く話した。 30分ほど泣きながら話すと男性は「そんなときは気が済むまで飲んで、すべてを吐き出したほうがいいよ」と言いながらバーテンダーさんに「スコッチウイスキーのロックを2つ。マッカランの24年物がいいかな。ダブルで」と頼む。 メニュー表を見たら1杯4000円もした。 「こんな高級なお酒……」 「これは俺からの励ましの酒だ。会計は気にしなくていいから。いい酒を飲めば心が洗われるよ」 「……でも」 「遠慮せずに飲みな」 微笑んでロックグラスを渡され、彼は軽くグラスを当てて乾杯の仕草をする。 戸惑いながら1口飲むと、豊潤な品のある香りが鼻孔に広がった。 「……おいしい。ウイスキーなんて強くて喉に詰まりそうなイメージだったけど、こんなに飲みやすいなんて知りませんでした」真っ赤にした目で彼を見ると「だろ?」得意気な顔をする。
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