1:黒色

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「普通、お酒の場でそんなの必要なはずないじゃない?むしろお酒と飲んだら余計に回っちゃうし、飲み慣れてないならな尚更よ。副作用は頭痛や判断を狂わせること。そして一番厄介なのは健忘症」 「健忘症?」 「そのときの記憶が曖昧になったり完全に失われてしまうこと。だから犯されたことはおろか、犯人の顔さえ忘れてしまうケースがほとんどよ。かなり手慣れた犯行ね」 私はそれを聞いて昨晩のことを思い出そうとしたが、漠然とした記憶しかない。頭を抱えて動揺していると女性は続ける。 「私の上司はね、自分たちが必死で作った薬が犯罪に使われたことと、あなたみたいな弱りきった子を騙していることにキレたみたい」 「助けてくれたあのイケメンの方が上司ですか?」 女性は苦笑いをして言う。 「そう、あの人はロニー製薬株式会社の開発課と品質保証課の課長を兼務している 織田蒼士(おだ そうし)。会社ではもっぱら高嶺の花と言われるぐらい人気がある人。超仕事ができて、あの若さで2つの課の課長なんて会社としては前代未聞。来年度には部長が内定しているらしい。50代だらけの部長の中で30代前半が1人。まず間違いなくトップに立つ人」 「おだ、そうし……さん」 「ちなみに私は末端部下の竹中 真保(たけなか まほ)、通称軍師」頭を掻く。 「軍師?」 「歴史は得意?織田信長の部下で半兵衛って軍師が居たの。だから織田の部下の名字が竹中の私は軍師ってあだ名」 「あの、なぜ私は竹中さんの家に寝せてもらっているのでしょうか?」 「呼び方は真保でいいよ、歳も私が2つ上で、そんなに変わらないし。あのね、昨晩織田課長は犯人を警察に突き出して、伊都ちゃんを私に預かってほしいと電話があったの。電話が来たときは仕事でやらかしてまた怒鳴られるかと思ったからびっくり。警察にあなたを任せることもできただろうけど、あんなことがあって署内で一晩を越させるなんて可愛そうだって。身分証出して書類も提出して、手続きまで全部してた」 助けてくれただけじゃなく、そこまで配慮してくれるなんて…… ついあの綺麗で男らしい織田さんの顔が脳裏に浮かび胸が熱くなる。
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