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美緒を明城家の墓の前に残し、太樹は墓地の入り口に向かって歩き出した。眠る翼から離れたくない気持ちもあるけれど、いつまでもこの炎天下で立ち尽くしていたくない。
「太樹くん」
背後から、美緒の呼ぶ声がした。
振り返ると、美緒がきれいな笑みを傾けてくれていた。
「あなたの魂が、天国で翼くんと再会できることを祈ります」
それは美緒が、魔王を再び長い眠りにつかせたあとの世界で生き続けることの宣言だった。
翼が思い描いていたように、太樹のあとを追うようなことはしない。翼の代わりに、あるいは太樹の分まで、美緒はこの先も続く人生を生きていく決意を固めている。
それでいい。
生きている限り、自分を信じ、自分の力で歩み続けていく限り、未来はいくらでも変えられる。あきらめなければ、いつか必ず。
とはいえ、だ。太樹は思わず苦笑した。
今の言葉は、せめてあと半年くらい先の未来で聞かせてほしかった。一週間前までの太樹ならさておき、今の太樹は、まだ死んでやるつもりはない。
翼との再会は、もう少しあとでいい。
この世界でやりたいことをすべてやったあとにする。たとえば、翼が食べたがっていた京都のパフェを食べてから、とか。
一人で考え、一人で笑い、太樹は美緒に一言だけ返してから再び足を動かし始めた。
「気安くファーストネームで呼ぶな」
「なっ」
キッと目尻をつり上げた美緒は、鞄とたたんだ日傘と黄色いガーベラの花束を乱雑にかかえ、先を行く太樹の背中に勢いよく跳び蹴りを食らわせた。軽くはじき飛ばされた太樹は、かがめた腰をさすりながら美緒をにらむ。
「痛ってぇな。なにすんだよ」
「あなたこそ、なんですかその冷たい対応は! せっかく親しみを込めて名前を呼んであげたというのに!」
「親しまなくていいって、今さら」
「あぁそうですか、それは失礼いたしました! ではあなたもわたしを『美緒』と呼ぶのは金輪際やめていただけますか!」
「呼んでない」
「呼びましたよ、さっき教室で!」
「覚えてない」
「あなたねぇ……!」
耳もとでガミガミと説教を垂れる美緒のキャンキャン声を聞きながら、太樹は翼の苦労を改めて思い知った。大変だ、この子の相手は。でも、悪い子じゃないことだけはわかる。
「ちょっと、聞いてるんですか!」
「聞いてない」
「聞いてください! 殴りますよ!」
「暴力反対」
美緒のパンチが飛んできて、うまく避けられずまともに食らう。
痛みの走る右肩に手をやりながら、我知らず、太樹は笑った。
【魔王に愛を、勇者に花束を/了】
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