2.

3/10

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
「さて」  勅使河原は太樹を招くように右腕を廊下の先へと伸ばした。 「立ち話もなんですから、どうぞこちらへ。隣の教室をお借りしているのでね」  どっしりと腰を据えて話そうという魂胆らしい。あるいは、太樹を逃がさないよう閉じ込めておこうという思惑もあるのか。 「私も同席しますよ、勅使河原警部補」  歩き出そうとした勅使河原に、羽柴が眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。勅使河原は嫌な顔をすることなく、むしろなお余裕そうな表情を浮かべて切り返した。 「それは『監視班』としてのご判断ですかな、羽柴先生?」  羽柴の目つきが勅使河原をにらむようなものに変わる。警視庁の捜査員が忙しなく行き交う廊下の空気は、夏の夜とは思えないほどひんやりとしている。  太樹は隣の担任教師を見やった。 「先生、監視班って……?」  翼からなんとなく聞いていた。  魔王の復活に備え、政府は優秀な官僚を集めて『魔王対策チーム』なる機関を組織しているという。将来魔王となる太樹も、勇者として太樹を討つ未来を背負った翼も、その組織を動かしている大人たちから日々監視されているのだそうだ。魔王復活の瞬間を逃さず、迅速に対応して被害を最小限にとどめるのが狙いだとか。  組織の中にはさらに細分化されたセクションが存在し、太樹の体調や行動を監視する『監視班』、翼とともに魔王との戦いに備える『戦闘サポート班』、魔王以外の魔族や魔力に関する研究、情報収集を担う『魔族対策班』など、それなりの規模の人数がこの組織にはかかわっているという。  今、勅使河原は羽柴に対し「監視班としての判断」と言った。高校教師として太樹の担任をしながら、実は魔王対策チームの人間であり、太樹を監視する任務に就いていた。羽柴良輔という男の立場はそういうことだったらしい。彼の本業は教師ではなく、国に仕える役人なのだ。 「すまない、鬼頭」  太樹を見ることなく、羽柴は静かに目を伏せた。 「意図的に隠していたわけじゃなかった。ただ、ここでの俺はただの高校教師。他の生徒ときみを区別して扱うことは適切とは言えない。だから」 「いいんです、別に。わかってますから」  自分を取り巻く環境は普通じゃない。他の生徒とは根本的に違う。太樹はいろいろなことをあきらめながら生きている。今に始まったことじゃない。  羽柴は気を取り直し、強気な姿勢で勅使河原に言った。 「よろしいですね、勅使河原警部補。鬼頭への聴取、私も同席します」 「えぇ、かまいませんよ。ただし、我々の捜査の邪魔をするようなことがあれば即刻ご退席いただきますから、そのつもりで」 「そちらこそ、聴取の過程での不用意な発言は慎んでいただきますよ。彼はまだ高校生だ。悪い意味で特別扱いするような言動は人権侵害行為に該当します。そのときは政府を通して警察庁上層部に抗議させていただきますので、あしからず」  人権、と勅使河原は意味ありげに顎を上向け、羽柴の隣で気配を消すようにたたずむ太樹を見下ろした。 「人権ねぇ」  太樹のことを人間だとは思っていないような目だった。こうした冷たい視線に晒されながら生きてきて、四月で十七年が経った。「誕生日おめでとう」と言ってくれたのは、家族と、翼だけだった。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加