終章

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 墓地まで二十分ほど歩き、二人で墓を磨き上げる。花を供えると、二人は静かに手を合わせ、翼の冥福を祈った。 「翼くんは、あなたのあとを追うつもりでいたんですよ」  目を開けた美緒は、墓碑に視線を注いだまま口を開いた。 「『勇者の剣』であなたごと魔王を封印したら、翼くん、自分も死ぬつもりだったんです。『勇者の剣』をしかるべき人に託して」  唐突に聞かされた美緒の話は、太樹の心を大きく揺さぶり、締めつけた。  初耳だ。翼が死のうとしていたなんて。それも、太樹のあとを追っての自殺だなんて。 「どうして」  魔王さえ倒してしまえば、その先の翼は昨今の殺伐とした雰囲気から解放され、穏やかな人生を過ごせるようになるはずだ。次に魔王が復活するときには翼の寿命は尽きていて、勇者の座は後継に明け渡すことが決まっている。  死ぬ必要なんてない。残りの五十年、六十年を翼には幸せに暮らしてほしい。太樹は心からそう願っていた。それなのに、翼は死を選ぶことを決めていた。  あれほど俺には死ぬなと言っていたあいつが、どうして――。 「孤独な人だったんです、翼くんは」  太樹の疑問に、美緒は憂いを帯びた目をして答えてくれた。 「『太樹がいなくなったら、僕はひとりぼっちになっちゃうから』――あなたと同じように、翼くんにもあなたしかいなかったんですよ。わたしではなく、あなたしか」  ――だって、僕は。  つい先日、翼に言われたことを思い出す。  ――僕には、きみしかいないから。きみと一緒にいられなくなったら、僕、どうやって生きていけばいい?  大袈裟だな、と思っていた。魔王である太樹と違って翼は忌み嫌われたりしない。太樹の他にも友達はできるだろうし、美緒だっている。ひとりぼっちになることはない。  太樹のいなくなった世界で、どうやって生きていけばいいか。その問いに太樹が答える必要はないと思っていた。翼は幸せに生きていける。疑うことなく、そうだと決めつけていた。  だけど、違った。  翼は孤独だった。太樹が翼を失うことを恐れたように、翼もまた、太樹を失うことを恐れていた。一人になりたくないと願っていた。  翼にとっても、太樹はたった一人の親友だった。
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