終章

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「だからわたしは、あなたのことが嫌いなんです」  悲哀と怨恨がないまぜになったような声を絞り出し、美緒はにらむように太樹を見た。 「翼くんはあなたのことばかり考えてた。わたしのことなんてちっとも見てくれない。わたしはこんなにも……こんなにも、翼くんのことを」  うつむく美緒の瞳がうっすらと潤む。返す言葉が見つからず、太樹は困ったように美緒から目をそらした。  美緒が太樹に冷たく接していたのは、太樹が魔王だからではなかった。もちろん軽蔑もされていただろうけれど、本当の理由は別にあった。  美緒が翼を慕っていたことはわかっていた。ただ、その気持ちが翼と同性の太樹さえライバル視するほどの熱い恋心だとは思わなかった。  感謝の気持ちを伝えたかった太樹と同じで、美緒も翼に伝えられなかったのだろう。  ずっと好きだったのだと。翼のことを心から、誰よりも深く想っているのだと。  結局のところ、太樹と美緒は似たもの同士なのだ。互いに翼のことを大切に思い、二人ともが翼に生きる意味を与えてもらっていた。  翼のために生きたいと思う気持ちは今でもある。彼女もきっと同じだろう。  ならば、このままにらみ合っているのも悪くない。ヘタに和解してしまうより、永遠に翼を取り合っていれば、二人の心から翼が離れることはない。彼女と顔を合わせるたびに、翼の存在を心の中に感じていられる。翼とともに、生きられる。  笑みをこぼし、太樹は美緒へと視線を戻した。 「今から楽しみなんじゃないのか。一年後に俺を倒すときが」  太樹の笑顔につられるように、美緒も口もとに笑みを湛える。 「もちろんです。メッタメタのギッタギタにしてやりますよ」 「できればサクッと殺してもらえると助かるんだがな。一瞬で意識が吹っ飛ぶような」 「お断りします。あなたの希望どおりに動くのは癪なので」  相変わらずの塩対応だ。けれど、彼女らしくていい。  足もとに置いていたリュックを背負い、墓地を管理している寺にお願いして借りた手桶と柄杓を取る。太樹は美緒に向き直り、清々しい表情を浮かべて言った。 「あんたになら、安心してこの星の未来をまかせられるよ」  百年に一度、具体的には明くる年に蘇る魔王の棲む星、地球(テラ)に生まれ、魔王の魂の容れ物である太樹と同じ東京(トーキョー)の街で育った、勝ち気で正義感の強い少女。からだは小さく、少々喧嘩っ早いところが引っかからないわけではないけれど、今の地球(テラ)に彼女以上に『勇者の剣』を持つにふさわしい者はいないだろう。  あるいは彼女は、翼よりもずっと勇ましく魔王に立ち向かえるかもしれない。太樹を唯一の友と慕った翼は太樹を斬ることに迷いを覚えないとも限らないけれど、太樹のことが嫌いだと面と向かって言い放った彼女なら、迷わず剣を振るえるはずだ。  美緒ならきっと、この星の未来を守ってくれる。  太樹と翼がともに願い、ともに成し遂げようとしていたことを、彼女なら。
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