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 今度こそ歩き出した勅使河原に続き、太樹はゆっくりと足を踏み出す。205教室の前方の扉に差しかかり、太樹は教室の内部に目を向けた。  扉から一番遠い、窓際の前から三つ目。無人の座席は、数時間前まで翼が座っていた場所だ。その隣を太樹は借りて、二人で一緒にテスト勉強をしていた。  翼の使っていた机に、白いテープのようなものが貼りつけられているのが見える。授業中に居眠りをしてしまった生徒を(かたど)るかのような貼り方。まるでそこに、翼が眠っているかのような。 「あそこで見つかったんだ」  足を止めた太樹の背後で、羽柴も同じように足を止めて教室の内部を見た。 「テスト勉強に疲れて、ついウトウトと机に突っ伏してしまった……そんな感じだった」 「見たんですか、先生は」 「あぁ。明城の遺体を発見したのは守衛の武部(たけべ)さんという方だったが、血相を変えて職員室に飛び込んできたんだ。最終下校前の見回りをしていたら、生徒の一人が教室で背中を刺されているのを見つけた、と」  背筋がゾクゾクと粟立った。たくましい想像力が、もうそこにはいない翼が机に突っ伏している様子をはっきりと脳裏に描き出す。  だらりと力なく腕を投げ出し、額か、あるいは頬を机の天板にくっつけて事切れる翼を。背中には刃物が刺さり、真っ白なカッターシャツを鮮やかな緋色に染めて――。 「大丈夫か」  太樹の呼吸が乱れたのを察した羽柴が、震える肩にそっと腕を回してくれた。 「行こう。あまり見ないほうがいい」  羽柴に連れられて歩き出した太樹の足は異様なほど重かった。頭も痛いし、吐きそうだし、とにかく気分が悪い。足がうまく動かない。  隣の204教室に入ると、勅使河原がすでに腰を落ちつけていた。生徒の使う座席を二つ、向かい合わせにしてくっつけ、勅使河原はそのうち黒板を背にして座るほうを陣取っていた。他にもう一人若い男性刑事が同席していて、彼は太樹が教室に入ってくると「こちらへ」と太樹を勅使河原の向かい側へ座らせ、自分は太樹の斜め左後ろに立った。羽柴よりも太樹とのほうが歳が近いのではないかと思うくらい若く、パーマなのか、クセ毛なのか、もじゃもじゃでふわりと広がるミディアムヘアはあまり刑事らしくなかった。
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