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「さて」  前置きの一つも据えることなく、勅使河原はさっそく事件の話を始めた。 「被害者の明城翼さんが殺害される前、最後に明城さんと一緒にいたのはきみだったことがわかっています。きみたちは二人で、事件現場となった隣の205教室にいた。間違いありませんね?」  太樹は蚊の鳴くような声で「はい」と答えた。二人きりでいたことをなぜ警察が把握しているのかと最初は疑問に思ったが、なんのことはない。生徒一人につき一台貸与されているスマートウォッチの記録をたどったのだ。  登校と同時に腕に巻き、下校時にはずすくだんの時計にはGPSが搭載されていて、生徒の位置情報は南館一階の守衛室にあるモニターで常時把握されている。昨日翼の遺体が発見されたのは、守衛が最終下校の見回りをしていた時だと聞いた。  つまり、翼が殺されたのは太樹と別れた午後五時頃から最終下校時刻である午後六時までの間。その時間のGPS情報を確認したところ、翼と最後に顔を合わせたのは太樹だった。警察が太樹を疑っているのは、太樹がいずれ魔王になり、翼が勇者となって世界を守るから、という構図を思い描いた結果だけでなく、ちゃんとした根拠もあったわけだ。 「明城さんと別れたのは何時頃のことでしたか」  わかっているくせに、勅使河原はあえて太樹に下校時刻を答えさせた。自分たちの把握している情報との齟齬がないか確認したいといったところか。 「五時過ぎだったと思います」 「五時過ぎ。五時過ぎに教室を出て、そのまままっすぐご自宅へお帰りになった?」  そうです、と素直に答えればよかったものを、苛立つ気持ちがどんどん大きくなってきた。素直に答えたところで、どうせ疑われ続けるに決まっている。 「俺じゃない」 「はい?」 「俺は翼を殺してない。あんたたちが俺を最後に翼に会った人間だって決めつけてるのはスマートウォッチの記録をたどったからだろ。そんなの、時計をはずして校内をうろつけば位置情報の記録と行動の軌跡は重ならなくなる。それに、学校内にいるのは生徒だけじゃない。先生とか、守衛さんとか、位置情報を把握されていない人にだって翼を殺すチャンスはあったはずだ。俺が翼と一緒だったからって、俺は……俺には、翼を殺すことなんて」  苛立ちが怒りへと変わっていく。どうして疑われなくちゃいけない? 太樹は右の拳を強く握った。  翼を殺したいと思ったことなんて一度もない。殺してしまうはずがない。  翼はたった一人の友達だったのに。  絶対に失いたくない、大切な。 「鬼頭」  羽柴が太樹の震える背中をさすってくれた。 「落ちつけ」  呼吸が乱れていた。感情が(たかぶ)っている。腹の底でなにかがグツグツと音を立てて煮え始めたのがわかる。よくない兆候だ。  窓を開け放っていても、204教室の中の空気は鬱陶しいほどの湿気に満ちていた。ぬるくジメジメした風はむしろからだにまとわりついて気持ち悪い。額に玉の汗がにじむ。  動悸はなかなか治まらないが、意識的に深呼吸をくり返したら呼吸のリズムだけは落ちついた。下がっていた顔を上げ、太樹は勅使河原に問う。
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