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「翼は、本当に死んだんですか」
今の太樹はまだ情報だけを耳で聞いている状態だ。殺されたなんて、死んだなんて嘘かもしれない。ここにいる全員がグルで、騙されているだけかもしれない。翼に会うまではなにも信じない。信じられない。
勅使河原は太樹の背後に視線を投げ、黙って右の手のひらを上向けた。太樹の後ろに控えていた若手の刑事が動き出し、勅使河原にタブレット端末を手渡した。
「比較的きれいなご遺体ではありますが、お見せするのはあまり気が進みませんな」
ひとりごとのようにつぶやきながらタブレットを操作して、勅使河原は太樹に一枚の現場写真を見せた。翼の遺体を背中側から撮影したものだった。
「ご覧のとおり、背中から心臓を一突きです。即死だったはずだというのが検視官の見解でした。刺し傷が一ヵ所で、刃物が背中に残されたままだったことから出血量があまり多くなく、さらに発見も早かったのでご遺体の損傷具合はかなり軽い。殺害現場である隣の教室も整然としていて、ご遺体のきれいさも含め、殺人が起きたとは思えないほど静謐な空間で明城さんは発見されました」
机に突っ伏した翼の顔は写真に写ってはいなかった。だが、頭の形や髪を見ればそれが翼であるとはっきりわかる。
羽柴の言ったとおりだ。背中に刃物が刺さっていなければ、まるで机で居眠りをしているような格好だった。声をかければむくりと頭を持ち上げ、「しまった、寝過ごした」なんて目をこすりながら言い出しそうだ。
「翼」
見せられたタブレットを右手に取り、写真に声をかけてみる。翼は目覚めない。深く眠り込んで、太樹の存在にさえ気づいてくれない。
「翼」
声が震えた。冷たい雫が太樹の頬を濡らしていく。
翼が死んだ。魔王となって倒されるはずだった太樹よりも先に。
どうして。最期まで一緒にいてくれるって言ったのに。
誰がこんなことを。どうして翼を。
許せない。
許せない。許せない。許せない。
タブレットを握る太樹の右手に力が入る。みし、と液晶が小さく音を立てた。
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