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「明城さんとは、どのようなお話を?」  勅使河原がわざとらしいほど落ちついた口調で尋ねてくる。 「あなたがた生徒さんに貸与されているスマートウォッチの使用状況を確認させていただいたところ、今日の放課後、午後五時を過ぎてからも校内に残っていた生徒はきみと明城さんを含めてたったの六人。千人を超える全校生徒のうち、およそ三分の一は出席すらしておらず、残りの三分の二はほとんどが授業終了と同時に下校した。テスト週間に入り、部活動が禁止されたここ数日は毎日こんな感じだと、先ほど羽柴先生から伺いました」  意図的に、だろうか。勅使河原は回りくどい言い方をする。太樹は手にしていたタブレットを勅使河原のほうへと押しやるように返却した。 「放課後も学校に残る生徒が少ないことを知った上で、俺があえて翼と二人きりになった、とでも言いたいんですか」 「違うんですか?」  机の上に載ったままになっていた太樹の右手が拳を握り、天板をおもいきり殴りつけた。 「違う」  腹の中の鍋が再びグツグツと音を立て始めたのがわかる。イライラして、無性に大声を出したくなった。 「そんなんじゃない。翼と学校でテスト勉強をするのはいつものことだ。今日に限ったことじゃない。昨日もそうだった」 「ほう。では、今日のあなたがたは単純に勉強をしていただけだったと?」 「そうですよ。ケンカになったわけでもないし、特別なことはなにも……」  なかった、と言いかけて、太樹は口をつぐむことを余儀なくされた。  あった。特別なことが。いつもなら決してしないようなことを、翼にした。  あのとき、俺は翼に――。 「詳しくお聞かせ願えますかな」  太樹の顔色の変化を敏感に察知した勅使河原が追及の手を伸ばしてくる。 「あなたがたの間になにがあったのか」 「違う! あれはそういう意味じゃなくて……!」  帰り際、翼と少し先の未来についての話をした。太樹の中に眠る魔王が復活し、翼が継承した『勇者の剣』でその首を討ち取る話。  翼は言った。太樹が魔王にならずに済む方法があればいいと。  太樹は答えた。そんな都合のいい方法はない。だって自分には、他の誰にも使うことができない魔力が使えてしまうのだから、と。  そのとき、実際に太樹は魔力を放出してみせた。翼の首筋に、宙に浮かせたシャープペンの尖った先を突きつけた。  もちろん、ただのデモンストレーションだ。本気で翼の首を刺そうとしたわけじゃない。  だが、あのときの様子を誰かに見られていたとしたら? あのときの二人は、ちょうど窓際で話をしていた。  二人のいた本館二階の205教室の中を窓側から覗き見ることは、南館の校舎内にいるか、南館と本館の間に作られた中庭にいるかのいずれかであれば可能だ。運が悪いと言うべきか、南館の二階は職員室で、通常の教室では北側に作られている廊下が職員室にはなく、廊下をつぶし、二階の西端、東端以外のフロア全体を一つの大きな部屋にしている。  あのとき、職員室にいた教職員の誰かが太樹と翼のやりとりを見ていたとしたら。二人が真剣な顔をして向き合い、やがて太樹が魔力を用いて翼の首筋にシャープペンの先を突きつける場面を。  見ていた者がいたに違いない。羽柴をはじめ、この高校には政府主導の魔王対策チームの人間が太樹の監視役として送り込まれているようだ。特に翼と二人でいるところなど、なにが起きても不思議じゃないと考えられても仕方がない。本来なら魔王と勇者は、心を許しあえる友人関係ではあり得ないのだ。
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