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教室の窓という窓が割れていく。太樹を中心に竜巻のような風が吹き、勅使河原、羽柴、若い男性刑事はそれぞれ後方へ吹き飛ばされた。
「俺じゃない」
太樹は声の限りを尽くして叫んだ。
「俺は翼を殺してない!」
箍がはずれ、感情の制御が効かなくなる。太樹は持ちうる魔力を全方位に向けて解き放った。
太樹のからだを、黄色とも青とも赤とも言えない色をしたゆらめく光が取り巻いている。扉がはずれ、廊下の向こう側へと吹き飛ばされた。重量のある教卓が宙を舞い、生徒の使う座席を勢いよくなぎ倒して床に転がる。
まだ情緒が安定していなかった幼い頃には、よくこうして感情を振り切らせては強大な魔力をぶちまけ、家の中をめちゃくちゃに荒らした。意識的に魔力を発動させることももちろんできるが、今のように感情の抑揚に左右され、無意識的に発動してしまうこともある。
成長し、感情の制御を覚えた今でも、ちょっとしたきっかけを与えられれば太樹の意思とは無関係に魔力は発動しうる。一度暴走を始めた太樹の魔力を物理的に止めることは難しいが、幸いにして現在の太樹が使える魔力は太樹の体力と連動している。叫んで、暴れて、魔力を使い続けたのち、体力が尽きてしまえば事は収まる。どうにか耐え忍びながら、その瞬間を待つよりほかに道はない。
吠えることしかできない獣になってしまったように、太樹は無意味に大声を上げながら教室の中をぐちゃぐちゃにしていった。
――本当に友達同士だったんですか?
勅使河原の声が頭の中でこだまする。そのたびに腹が煮えくりかえり、我を忘れた。
太樹にとって翼は、胸を張って親友と呼べる人だった。最期の一瞬までそばにいたいと願うほど、大切な友達。
ひとりぼっちだった頃、優しく声をかけてくれた。一緒に遊んだり、勉強したり、買い物に出かけたりした。はじめてできた友達だった。翼だけが友達だった。
首都学園中学校に入ったときから、翼とはずっと一緒だった。魔王になって、倒されるその時まで、ずっと一緒だと思っていた。
なのに。
なのに――。
「バケモノめ」
暴風吹き荒れる教室の中で、黒板で背中を強打した勅使河原が風に煽られながらよろよろと立ち上がる。その手には拳銃が握られ、銃口がまっすぐ、怒りにまかせて叫び散らしながら魔力をぶちまけている太樹の頭に向けられた。
トリガーが引かれる。発砲音の響いたほうに顔を向けた太樹の目の前に、鉛色をした銃弾が飛び込んでくる。
勅使河原の打った弾は太樹の右頬をかすめた。続けざまに四発、勅使河原は弾がなくなるまで太樹に向けて撃ち続けた。
胸、肩、腕、脇腹。打ち込まれた銃弾はすべてヒットして、太樹のからだから真紅の鮮血が噴き出した。太樹は銃弾の勢いに押されてバランスを崩し、荒れ果てた教室の床に仰向けで倒れた。
風が止み、太樹のからだを覆っていた光が消える。魔力の暴走が収まり、勅使河原や羽柴は苦痛に表情を歪めながらゆっくりと立ち上がった。
「やったか」
「鬼頭」
勅使河原はおそるおそる覗き込むように太樹に近づき、一方で羽柴は慌てて駆け寄り、血まみれで倒れる太樹の上体をかかえ起こした。
「鬼頭! 鬼頭、しっかりしろ」
「聞こえてますって」
喉の奥から絞り出すような声で、太樹は羽柴の呼びかけに答えた。
切れた頬、撃たれた腕や胸の傷がみるみるうちに癒えていく。肩と腹にめり込んだ銃弾は、まるで生きた虫のように太樹のからだの中から這い出てきて、カランと転がった床で無機質な音を鳴らした。
「知ってんだろ、刑事さん。俺を殺そうとしても無駄だって」
羽柴の腕を離れた太樹は背中をしゃんと伸ばして床に座り、目の前に立つ勅使河原をにらむような目をして見上げた。
「魔王を殺せるのは、勇者だけだ」
これまで幾度となく、太樹は自ら命を絶とうとした。何度やっても、どんな方法を試しても、死ぬことができなかった。
太樹の中に眠る魔王が、太樹のからだを意地でも生かしておこうとするせいだ。今もこうして、魔王の力が太樹の傷を癒やした。本当なら、胸を撃たれた時点で死んでいたはずなのに。
心臓を刺された翼のように。
「バケモノが」
勅使河原の冷ややかな視線が降り注ぐ。彼が太樹を「バケモノ」呼ばわりするのはこれで二度目だ。
「こんなことをして、タダで済むと思うなよ」
勅使河原だけではない。太樹を「バケモノ」と蔑み、さっさと消えてほしいと願う人がこの星の大多数を占めている。
タダで済むと思うな、か――。
自分でも気づかないうちに、太樹は口角を上げて笑っていた。
今さらどうなったってかまわない。どうせあと一年で尽きる命だ。煮るなり焼くなり、あんたたちの好きにすればいい――。
そんなことを思っているうちに、意識が遠のいていくのを感じた。
からだに力が入らない。視界がすぅっとブラックアウトし、起こしていた上体が再び羽柴の腕の中に収まる。
バカみたいに魔力をぶっ放したおかげで体力が尽きたらしい。「鬼頭」と羽柴に名前を呼ばれるのを遠くに聞きながら、太樹は深い眠りの底へ落ちていった。
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