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3.
『はじめまして、魔王さん』
私立首都学園中学校に入学してまもなく、太樹と同じ新入学の一年生がそう声をかけてきた。
入学した時点で、太樹が未来の魔王であるという噂はすでに校内に流れていた。さっそく孤立を極めていた太樹のもとを突然訪ねてきたその男子中学生は、名乗るでもなく、きれいな笑みを口もとに湛え、太樹に右手を差し出した。
『きみを倒す勇者です。よろしく』
拍子抜けするほど、男の声は明るく、さわやかだった。入学早々教室に居場所を失い、昼休みはようやく見つけた北館四階西渡り廊下というひとけのないスポットに逃げ込む生活を送っていた太樹だったが、こんなにも早く邪魔されることになろうとは想像もしていなかった。
『おまえが勇者?』
渡り廊下の壁に背を預けて座ったまま、太樹は現れた男子生徒を見上げた。冷やかしの類いかと思ったが、男は『そうだって言ってるでしょ』とまじめな顔で言い、わざとらしく肩をすくめた。
『いちおう、挨拶しておこうかと思ってさ。ほら、そのときになってはじめましてっていうのもなんかヘンじゃない?』
言っている意味が全然理解できなかった。大きくはないが、くるりと丸いふたえの瞳は幼げで甘いマスクを演出し、俺と違ってモテるんだろうなぁ、なんていうクソがつくほどどうでもいいことが頭をよぎる。初対面の相手に嫉妬している自分のほうがよほどクソだなと太樹は思った。
立ち上がり、スラックスやブレザーについた砂ぼこりを払い落とす。改めて勇者と名乗った男と向き合うと、太樹はスラックスのポケットに両手を突っ込んだ。
『頼みがあんだけど、聞いてくれる?』
不意を突かれたようで、男は眉を跳ね上げ、太樹に差し出していた右手を下ろした。
『いきなりだね。内容によっては、聞いてあげられるかもしれない』
『おまえにしかできないことだ。もしもおまえが本当に勇者なら、俺の願いは、おまえにしか叶えられない』
持って回ったような言い方をあえてした。男は少し考えるような仕草を見せ、『なにかな』と言った。話だけは聞く気になってくれたらしい。
目の前の男と同じように、太樹も引き締めていた口もとから力を抜いた。
『俺、死にたいんだ』
西側の窓から、暖かい春の陽射しが注ぎ込んでくる。それなのに、二人の間を流れる空気は冷たい。
『何回も死のうとした。いろんな方法を試した。でも、ダメだった。どうしても死ねない。普通なら絶対死んでる状況でもダメなんだ。からだが勝手に回復する。魔王の持つ魔力のせいで』
なんなら今すぐここから飛び降りてみせてもいい。校舎の四階からアスファルトの地面に向かって頭から落ちれば、通常ならばまず助からないだろう。
だが、太樹は違う。何十階とあるビルから飛び降り、頭が真っ二つに割れたって死ねない。困ったことに、どれだけの重傷を負ったとしてもほんの数分のうちに全快する。太樹の中に魔王の魂が息づいているうちは。
『どうやら、俺を殺せるのは勇者だけっぽいんだよな。だから、おまえに頼みたい』
相手が身構えるのを感じながら、太樹は恐れることなくかねてからの願いを口にした。
『殺して、俺のこと。俺、魔王になんてなりたくないから』
太樹と翼の出会いは、こんな会話から始まった。
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