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校舎に近づくにつれて、翼の話題が耳に触れるようになった。誰かが教室で死んだらしい。殺人だって聞いた。犯人は、魔王かもしれないって――。
本館を目の前にしたところで、太樹の足は動かなくなった。通り過ぎていく生徒たちの視線が痛い。
誰もが太樹を犯人だと決めつけているようだった。中学時代から翼は「魔王とつるんでいる変わり者」と噂されていて、そんな男が死んだとなれば太樹の仕業だという短絡的な考えが広まっても不思議ではない。翼が『勇者の剣』の継承者だということはほとんど知られていないのだ。翼が死に、魔王を倒せる唯一の武器が行方知れずになってしまっていることも。
一瞬で気分が悪くなり、やっぱり休めばよかったと後悔しつつ顔を下げて立ち止まっていると、前方から高い足音が聞こえてきた。誰かが走って近づいてきている。
すぅっと顔を上げた瞬間、左頬に激痛が走った。
誰かの丸めた拳におもいきり殴られた。突然のことに驚きながら、太樹はよろめいて後退する。
容赦のない相手だった。相手は太樹の首根っこを乱暴に掴み、今度はみぞおちに膝蹴りを食らわせる。太樹が鈍いうめき声を吐き出し、両腕で腹をかかえて前屈みの姿勢になると、最後の一撃、細い右足による後ろ回し蹴りが太樹の右の首筋にクリティカルヒットした。
軽く吹っ飛び、太樹は勢いよく地面に倒れ込む。からだのあちこちに走る痛みが強烈で、息ができない。
腹をかかえたまま動けずにいる太樹を、相手は強引に転がして仰向けにした。ガッ、と乱暴に胸ぐらを掴まれ、こっちを見ろとばかりにぐいと引っ張り上げられる。
「よくも」
絞り出すような相手の甲高い声に、太樹はようやく目を開けた。
「よくも、翼くんを」
誰だかわからないうちに襲撃を受けたが、まさか女だとは思わなかった。
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