3.

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 見覚えのない女子生徒だった。高校生にしてはやけに小さい。立っている姿ではないので正確にはわからないが、肩幅を見る限りかなり小柄だ。  からだが小さいばかりでなく、その見た目はかなり子どもっぽかった。高い位置でポニーテールにされた長い茶髪に場違いなほどド派手なショッキングピンクのリボンが結ばれているせいだろう。太樹と同じレジメンタルタイを締め、濃紺のプリーツスカートに学校指定の紺色のハイソックスという制服姿でなければ小学生に見間違えてしまいそうだ。  瞳を潤ませ、彼女は太樹の胸ぐらを掴む手によりいっそう力を入れた。小さいわりにパワーがある。頸動脈が軽く圧迫されて苦しい。掴みかかられたときに彼女の手が当たった部分の痛みが、今になって胸骨に響いてくる。 「離せ」  太樹は彼女の左手首を右手で掴んだ。 「俺はなにもやってない」 「そんなことはわかっています!」  彼女は太樹の手を振り払い、太樹を足もとに転がしたまま立ち上がった。下ろした手には今もなお力が入り、震える拳は彼女の心を映す鏡のようだ。 「あなたさえいなければ」  怨恨の深い念のこもった声で彼女は言った。 「あなたさえ……魔王さえいなければ、翼くんは普通の高校生でいられたんです。あなたのことで悩む必要もなかった。殺されることだってなかったはずなんです!」  彼女の瞳からあふれ出す涙は悲しみのそれではなかった。悔しくてたまらない。失われずに済んだはずの命が奪われ、まるでそれが自分のせいであるかのように泣いている。  たったこれだけの短い会話で、太樹は彼女の正体に勘づいた。普通の高校生。太樹に、魔王に関する悩み。  からだの中の魔王のおかげで、全身の痛みはすぐに癒えた。太樹はゆっくりと立ち上がり、手の甲で涙を拭う彼女に尋ねた。 「あんた、もしかして『ミオ』?」  指先で目頭を押さえていた彼女が上げた顔には、どうして、とはっきり書かれていた。表情に出やすいタイプらしい。 「翼がよくぼやいてたよ。母親よりも口うるさい幼馴染みがいて困ってるって」 「はぅっ! ひどい……翼くん、わたしのことをそんな風に……!」  せっかく止めた涙を再びあふれさせ、彼女はうわああんとやはり場違いな声を上げて泣いた。めんどくさいなこいつ、と太樹は彼女と距離を取る。翼のため息の理由が嫌と言うほど理解できた。  それにしても、と太樹は泣きじゃくる彼女に問う。 「どうして言いきれるんだ、翼を殺したのが俺じゃないって」  彼女はグズグズと(はな)をすすり、小さな子どもがするような仕草で涙を完全に拭い去った。ふぅ、と一つ息を吐き出すと途端にキリッとした顔になって、さっきまでのは嘘泣きだったのではないかと疑いたくなった。
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