3.

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「感傷に浸っている場合ではありません」  美緒は自分自身に言い聞かせるような口調で言った。 「事は急を要する事態に発展しています。本当ならこんなところで油を売っている暇もないのですが、申し訳ありません、つい憂さ晴らしを」  憂さ晴らし。太樹に対して働いた暴力はストレス発散のためだったのか。 「急を要する事態って」  さっきの殴る蹴るは不問とし、太樹は論点をもとに戻した。 「『勇者の剣』に関することか」 「えぇ。先ほども言ったように、翼くんが『勇者の剣』の継承者であることは絶対的秘匿事項。彼が勇者だと世間に知られれば、翼くんはあらゆる方面からその命を狙われることになります。自らが勇者になりたい者。魔王の復活を望み、勇者の存在を消し去りたいと願う者……。『勇者の剣』の行方が明らかになれば、必ず争奪戦が勃発する。これは歴史的観点からも明らかであり、人間の欲望が生み出す避けられない戦いです。だからこそ、翼くんは魔王となったあなたを再び眠りにつかせるその瞬間まで、わたしたち魔王対策チームに守られるべき存在でした」  しかし、と美緒は力なく首を横に振った。 「恐れていた事態は起きてしまいました。翼くんは殺され、その犯人が『勇者の剣』の新たな継承者となったのです。犯人の行方はまだ掴めていません。一刻も早く見つけ出さないと、ことはさらによくないほうへと進む可能性があります」 「どういうことだ」 「言ったでしょう。争奪戦が起きるんですよ、『勇者の剣』の。剣を手にした新しい勇者がどんな行動に出るか、今のところまったくの未知数です。自らが勇者だと世間に触れ回られたりしたら、それこそ最悪の結末を招きかねません」 「最悪の結末」 「『勇者の剣』の継承権をめぐって巻き起こる争奪戦が日本(ニッポン)全土に広がり、少なくともその中心となるここ東京(トーキョー)は火の海になるでしょう。日本だけにとどまるならまだマシで、事態は全世界を巻き込むところまで発展しないとも限らない。それだけはなんとしてでも阻止しないと。でなければ、魔王の復活を待たずしてこの星は崩壊してしまいます」  話のスケールがどんどん大きくなってきているが、美緒の目はどこまでも真剣だった。なんなら彼女はすでに巨大な戦渦の中にいるような口ぶりで、そういえば父が担任の羽柴をはじめ魔王対策チームは今回の件の対応に追われているらしいと話していたことを太樹は今ごろになって思い出した。  彼女もチームの一員であるなら、羽柴たちとともに『勇者の剣』の行方を探しているのだろう。見つからなければ、見つからないことが世間に知られれば、世の中は荒れる。世界の崩壊スピードが上がる。  無性に腹が立ってきた。そんな大事件になっているとはつゆ知らず、翼の死を嘆くだけでなんの役にも立っていない自分自身に。  自分だけが死ぬのならいい。だが、必要のない犠牲を出すことは許せない。  それは太樹が常々考えてきたことだ。自分が魔王になったとき、どうすれば一般人に対する被害が最小限にとどまるか。翼とはよくそんな話をした。  だから、今の状況は本当に許せない。翼が殺されたことも含めて。  これ以上悪いことが起きるなんて、とても耐えられたものじゃない。
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