3.

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「翼のために、魔王対策チームに入ったのか」 「そういう側面も確かにありますが、わたしの生まれた渡会家は代々チームの人間で、翼くんの生家である明城家とはチームを通じた主従関係にあるのです」 「主従関係?」 「えぇ。翼くんは、翼くんの父方のおじいさまから『勇者の剣』を受け継ぎました。殺人などのイレギュラーが起きなければ、『勇者の剣』は血縁による継承、具体的には現在の持ち主の直系卑属が受け継ぐというのが基本線ですから」  納得して太樹はうなずく。なぜ翼が勇者なのかと前々から疑問に思ってはいたが、血縁による継承ならばしっくりくる。避けられない運命というやつだ。直系卑属ということは、現在の勇者の子や孫が自動的に継承者に選ばれるというシステムだろう。その家に、魔王復活のタイミングで生まれた者が問答無用で勇者となる。それがたまたま翼だった。太樹と同じ年の生まれだったのは偶然だろう。 「勇者の生まれる家だったってことか、明城家は」 「はい。今から九十九年前……前回魔王が復活したときの勇者は翼くんのおじいさまでした。おじいさまは『勇者の剣』で魔王を倒したのち、その後の人生は政府によって守られながらひっそりとお過ごしになり、翼くんが生まれてまもなくご病気で亡くなられました。そのときにおじいさまの身の回りのお世話をまかされていたのがわたしの祖父で、わたしの生まれた渡会家は明城家の世話係として、ご一族の平穏な暮らしとお命をお守りする務めを果たしてきたのです」 「なるほど。だからあんたと翼は幼馴染みってわけね」 「そういうことです。なんなら自宅も隣同士ですから、あなたとは違って」  どうしても優位に立ちたいらしく、美緒は太樹への対抗心をむき出しにする姿勢を崩さなかった。話ぶりからは聡明な印象を受けるが、太樹に張り合う気がないことは見抜けているだろうか。 「そういうわけで」  美緒は毅然とした態度で話の軌道を修正した。 「認めるのは(しゃく)ですが、あなたの学業成績が校内トップクラスであることは承知しています。どうかその頭脳を、今は翼くんのために使ってください。一番悔しい思いをしているのは翼くんのはずです。翼くんの無念は、わたしたちが晴らさなければなりません」  そのとおりだ。翼は約束してくれた。最期の一瞬まで太樹のそばを離れないと。  だが、その約束はもう果たせない。何者かの悪意によって果たせなくなってしまった。  悔しくてたまらなかった。翼の命が奪われたことも、翼の願いが断ち切られてしまったことも。  死ぬ予定だったのは翼じゃない。俺だ。  俺が死ぬまで、翼は生きていなくちゃいけなかった――。 「わかった」  顔を上げ、太樹は美緒と視線を重ねた。 「具体的になにができるかわからないけど、協力するよ」 「ありがとうございます。では、のちほど。もうすぐ始業の鐘が鳴ります」  軽く会釈をして、美緒は校舎に向かって駆けていった。遠ざかっていく彼女の背中は、翼という大切な存在を失いながら、決して打ちひしがれてはいなかった。 「強いな」  我知らず、太樹は本音を口にする。  彼女くらい、俺も強くいられたら。迫り来る運命をはね()けられるくらい、強く。  すっかり姿の見えなくなった美緒を追いかけるように、太樹はゆっくりと校舎に向かって歩き出した。  翼のいない学校にかよう意味なんてあるのだろうかと、靴を履き替えながら思った。
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