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常時開け放たれている渡り廊下の扉をくぐろうとして、太樹はその足を止めた。太樹がいると知って誰も近づこうとしないはずのその場所に、今日は珍しく先客がいた。
「お待ちしてました」
美緒だった。美緒だけではない。他に二人、太樹の到着を待っていた者たちがいた。
一人は担任の羽柴で、もう一人もなんとなく見覚えがあった。ライトグレーのスーツ姿にモジャモジャの頭。羽柴たち教員が首から提げている身分証はなく、左腕にえんじ色の腕章を巻いている。
あぁ、と太樹は思わずこぼす。思い出した。彼は刑事だ。勅使河原ではなく、若いほうの刑事。
「昨日の」
「光栄ですね、覚えていていただけたとは」
あの嫌味な中年の刑事とともに、昨夜204教室で太樹の事情聴取に同席した青年だった。美緒や羽柴とともにいるということは、彼はそちら側の人間なのだろう。
「刑事さんじゃなかったんだ」
「いやいや、自分はちゃんと警察官ですよ。といっても、警察庁所属の国家公務員なんで、政府の人間であることには違いないんですけど」
太樹は事情がよく飲み込めず首を傾げた。若い刑事はハハハと軽快に笑い、名乗った。
「あるときは警視庁刑事部の新米刑事。またあるときは政府の魔王対策チーム魔族対策班のメンバー。而してその実体は!」
「その自己紹介はダサいよ、龍ちゃん」
美緒が恐ろしいほどの真顔で言った。ツッコまれた若い刑事は「くぅっ、ひどい」とわざとらしく表情を歪め、美緒と羽柴は互いにあきれ顔を突き合わせている。
若い刑事は一つ咳払いを入れ、居住まいを正してから改めて名乗った。
「自分、西本龍次郎っていいます。もともとは警察庁所属の役人だったんですけど、いつの間にか魔王対策チームに引き抜かれちゃいまして。で、今は警視庁に出向という形で刑事をやらせてもらってます。若手あるあると言いますか、要は現場担当というやつで」
まじめな表情を浮かべて挨拶をしていたはずが、気づけば彼の顔には愛嬌のある笑みが湛えられていた。先ほどの半分ふざけたような自己紹介の導入といい、年下の美緒から「龍ちゃん」と呼ばれていることといい、明るく人懐っこい性格の持ち主なのだということはよくわかった。
それはさておき、こうして説明を受けると太樹にもなんとなく彼の立場が理解できた。有事の際、政府と警察との連絡・調整役として機能することを期待されての配置、というわけだ。器量の良さを買われたのだろうと容易に想像できた。
「じゃあ、さっそく始めちゃおっか」
美緒が場を仕切るように声を上げる。わかっていない顔をしているのは太樹だけだった。
「始めるって、なにを」
「決まってるでしょう。捜査会議ですよ」
捜査会議。なんだか仰々しい言葉が飛び出し、太樹は思考が停滞するのを感じた。
「ここ、俺のランチスペースなんだけど」
「ランチなんて悠長なことを言っている暇はありません! さぁ、そのお弁当箱はそこら辺に置いて!」
「いやいや、メシは」
「あとでゆっくり召し上がってください!」
めちゃくちゃだ。意味がわからない。捜査に協力するとは言ったけれど、こんな乱暴なやり方は認められない。昼食ぐらいゆっくり食べさせてほしい。
不承不承、太樹は美緒の指示に従い弁当を廊下の隅に置き、三人の魔王対策チームの面々とともに小さな輪を作るように立った。場を仕切るのはやはり美緒のようで、西本が提げていた黒いショルダーバッグからタブレット端末を取り出すのを待ってから、主に太樹に向かって話し始めた。
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