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「その電話を加賀にかけさせたのは俺だ」  話の軌道を修正するように、羽柴が眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。 「先生が?」 「あぁ。かけさせた、というのは少々語弊があるが……」 「あなたが魔力を使ったせいです」  美緒が言い淀む羽柴に代わって口を開いた。 「羽柴先生は、昨日あなたが翼くんの前で魔力を使ったことを本部に報告したんです。魔族対策班にとって、魔王の力を持つあなたは研究対象の一人ですから、彼らは魔力を使ったときのあなたの状況……からだに起きた変化や魔力の強さなどの情報を集めなければなりませんので」 「なるほど。それを電話で翼に尋ねたってわけか。あのときの俺がどんな様子だったか知るために」  そういうことです、と美緒はうなずく。言い換えれば、あのとき太樹が魔力を使っていなければ翼に電話がかかってくることはなく、翼の死亡推定時刻はもう少し幅が広かったということになる。具体的には、太樹が205教室を出た午後五時から、守衛の武部が翼の遺体を発見した午後五時五十五分までの間。十五分だが、ズレが生じる。  太樹は視線を羽柴へと移した。 「見てたんですか、俺が翼の首にシャーペンの先を向けたところ」 「実際に見ていたわけではない。スマートウォッチで計測されたきみの生体データから、きみが魔力を使ったことがわかったというだけだ」 「生体データ」 「そうだ。我々監視班は、きみたち二人の私生活に支障が出ない程度に監視活動をおこなっているのだが、その一環として、学校から貸与されているきみのスマートウォッチに搭載されている心拍数や血中酸素濃度を計測する機能を適宜流用させてもらっているんだ」  心拍数。血中酸素濃度。  そういうことか。羽柴の言いたいことはなんとなく理解できた。 「魔力を使うと、体力が奪われる。それを具体的な数値として観測できれば、俺から離れた場所にいても俺が魔力を使ったことが瞬時にわかるってことか」 「そのとおりだ。きみ自身がもっともよくわかっていることだとは思うが、魔力を使うと心拍数や血圧が急激に上がったり、呼吸機能に支障が出たりする。そうしたからだの変化のデータを逐一把握することは、我々監視班の仕事の一つなんだ」  よくわかる説明だったが、常にチームの監視下に置かれているという状況を改めて実感するばかりであまりいい気分はしなかった。  太樹の心情を察し、羽柴は「すまない」と申し訳なさそうに視線を下げた。 「すべてはきみと翼を守るための措置だ。事が起きたとき、我々組織の人間がすばやく対応できるよう、監視体制は常に盤石でなければならない。わかってもらえないかもしれないが、そういうものだと割り切ってもらえると助かる」 「いえ、わかります。俺も翼も、お互い普通じゃないってことはわかってたから」  それに、きっと翼のほうが厳しい監視体制の下に置かれていただろうことは察して余りある。翼の持つ『勇者の剣』を欲する者が、いつなんどき翼に襲いかかるとも知れないという状況の中、チームが翼に対しなんの策も講じていないとは考えにくい。太樹に関しては魔力の暴走にだけ対処できれば済むことだが、翼は太樹と違い、致命傷を与えられれば死に至る。『勇者の剣』の継承権は簡単に他人の手に渡り、どんな使われ方をするかわからない。翼の命を守ることこそ、魔王対策チームにとって最大の使命と言っても過言ではなかったはずだ。
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