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 すまない、と羽柴はやはり申し訳なさそうにつぶやき、話を続けた。 「昨日、俺はきみの生体データに著しい変化を観測し、職員室を飛び出した。きみと翼が二人きりでいることは位置情報で把握できていたから、きみが翼に対して魔力をもって敵意を向けたのではないかと思い、なにごとかと慌てたんだ。だが、きみは翼に害を与えたわけではなく、体力の回復を待ってから一人で下校した。俺が205教室にたどり着く前には事が収まっていたんで、俺はそのまま職員室に引き返し、魔族対策班にきみが魔力を使ったことを報告した」 「それが午後五時ちょうどのことでした」  西本がタブレットの画面を見ながら言った。 「羽柴さんのスマホの通話履歴を確認させてもらったので時間は正確です。その後、加賀さんが本部の固定電話から翼さんへ連絡を入れたのが午後五時七分。そこから約八分間通話していますので、電話が切れたのは午後五時十五分頃と推定されます」  太樹は口を閉ざしたままうなずく。電話を終えた翼はその後も205教室に残り、テスト勉強を続けていた。それから四十分後の午後五時五十五分、背中を刺された状態で発見された。  太樹を助けてあげて、と翼は電話の相手に伝えたという。  それがあいつの、最期の言葉――。 「大丈夫ですか」  美緒の声で我に返る。太樹は顔色一つ変えずに事件の話ができている美緒の姿を冷めた目で一瞥した。 「どうしてそんな、平気そうな顔をしていられるんだ」 「節穴ですね、あなたの目は。賢いからと期待していましたが、見込み違いでしたか」  あきれ顔でため息をつき、美緒はやはり毅然とした態度で答えた。 「平気なフリをしているだけです。翼くんのためにも、今は落ち込んでいるときではありませんから」  翼の無念を晴らす。犯人を見つけ出し、『勇者の剣』を翼から奪い取った本当の理由を知る。 その願いを叶えるまで、彼女が立ち止まることはない。涙をしまい込み、真実に向かって前進し続ける。  強い女性だ。太樹よりも年下なのに、ずっと大人で、ずっと強い。太陽が視界に入ったときのように、太樹は目を伏せたくなった。彼女の放つ前向きな光は少し刺激が強すぎる。 「きみが場数を踏みすぎているだけだろう、美緒」  羽柴が淡々とした口調で美緒に言う。 「鬼頭は人の死に慣れているきみとは違う。少しは配慮してやれ」 「わたしが悪いんですか! 先生はそうやっていつもこの人の味方ばっかり!」 「まぁまぁ、美緒さん」  西本が羽柴と美緒の間に入る。美緒はまだ怒っていて、羽柴は涼しい顔で美緒から顔を背けている。  三人がわいわいとやり出して、この空気にはとてもついていけそうになかった。  魔王対策チームの中でも戦闘サポート班に属するからなのか、美緒は人の死に慣れているという。彼女たちが身を置く組織とやらが彼女にどんなことをさせているのか知りたいとも思わないが、ろくでもないことだということは疑いようもない。  あるいは太樹の想像以上に、翼の身は日々危険に晒されていたのかもしれない。魔王の持つ強大な力に守られている太樹の場合は通常の攻撃では死なないが、翼は違う。普通の人と同じように、急所を狙われれば簡単に命を落としてしまう。  どうして翼が自分に近づいてきたのか、今になって太樹はその本心に触れられた気がした。  苦しかったのだろう。翼の周りは常に人の目で囲まれていて、自由な意思選択のできる生活環境ではなかった。翼自身、自分の命を狙う誰かと戦うことになった経験は一度や二度ではなかっただろう。  翼の背負う運命は、誰にも相手にされなかった太樹とは違う苦しみを彼に与えた。唯一分かち合えるのが太樹だろうと翼が期待したのは必然だったのかもしれない。  魔王と勇者は、この世界にたった二人だけなのだから。
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