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「理解できない」  太樹は我知らず首を振る。 「どうして勇者になんかなりたがる? 自分から危険に身を投じようなんて、普通思わないものなんじゃないのか」 「そう簡単な話でもないんですよね、実は」  西本が少し面倒くさそうな顔をして口を開いた。 「『勇者の剣』が狙われる理由にはいくつかのパターンがあるんです。もっとも少数派は、勇者への憧れから自分が勇者になろうとして『勇者の剣』を奪いに来るというパターン。このタイプの(やから)は単純バカばかりなので対処も楽なんですが、一方で、もっとも多いパターンは……」 「魔王の完全復活を望む者の仕業」  羽柴が西本の言葉を継いだ。その一言は重々しい響きを伴い、太樹の胸にしみ込んだ。 「魔王の、復活」 「あぁ。主に魔族の者たちによる、『勇者の剣』の存在を封じようとする動きだ。『勇者の剣』の継承者を殺すことができれば、殺した者に継承権が移る。移った先が魔王の復活を強く望む人物……たとえば魔族の者だったとするなら、魔王が復活したとき、そいつはどうすると思う?」  太樹は納得してうなずいた。 「継承した『勇者の剣』を使わず、魔王が世界を滅ぼし尽くすのを見守る」 「そのとおりだ。世界の救済を望む者が振るうことで、『勇者の剣』は魔王を倒せる唯一無二の武器となる。継承者がその力を行使しようとしなければ、誰も魔王を倒すことはできない。人間が構築した現在の世界は荒廃し、魔王が新しい世界を作る。魔族たちの手には魔力が戻り、新しい世界の創造に加担する。出来上がるのは、魔族たちが中心となる世界。俺たちのような、なんの力も持たない人間は(しいた)げられ、あるいは生きることさえ、生き残ることさえ認めてもらえないかもしれない」  そんな世界を望む者が、この地球(テラ)には大勢いる。彼らの願いの強さは、翼の命よりもはるかに大きい。  翼の命を、ためらいなく奪ってしまえるほどに。 「だから焦っているんです、わたしたちは」  美緒が西本のタブレットを奪い、勝手に操作しながら言った。 「羽柴先生の言ったように、『勇者の剣』を正しく使わない者が勇者になれば、この世界は間違いなく崩壊します。わたしたちの使命はそれを阻止し、『勇者の剣』を正しく使える者に託すこと」 「託すって」  太樹は険しい顔で尋ねる。 「どうやって。『勇者の剣』の継承権は、持ち主を殺すことで移るんだろ?」 「はい。ですから、言葉のとおりにするんです」  美緒があまりにも淡泊な口調で言うおかげで、太樹は自分がなにに驚いているのかよくわからなくなった。  大きな衝撃が全身を駆け抜けていく。  美緒たちは現在の『勇者の剣』の所有者を見つけ出し、その人物の思惑次第では、そいつを誰かに殺させることで、まっとうな勇者を生み出そうとしている。  美緒は人の死に慣れていると羽柴は言った。  この世界を守るために必要ならば、彼女たちは、人の命を奪うことさえ(いと)わないのだ。 「言ったでしょう、争奪戦が起きるって」  瞳を揺らす太樹に、美緒はどこまでも冷めた目を向けた。 「その戦いには、もちろんわたしたちもかかわります。あなたは自分のことで精いっぱいかもしれませんが、魔王の復活をめぐっては、あなたの想像以上に大きな力、多くの人間、さまざまな欲望、思惑が複雑に絡み合っているんです。翼くんはそうした巨大な渦の中に意図せず巻き込まれ、命を落とした。この世界と、あなたのために、翼くんはちゃんと勇者になろうとしてくれていたのに」  俺のために。  昨日まで笑っていた翼のことを思い出し、太樹は吐き出す細い息を震わせた。あの穏やかな笑みの裏で、翼はいつだって苦しんでいた――。 「悔やむ気持ちはみんな一緒です」  美緒の言葉に、太樹は伏せていた顔を静かに上げた。 「だからこそ、わたしたちは進まなければなりません。翼くんの想いを継いでくれる方に『勇者の剣』を託すんです。そのために今、わたしたちはこの場所へ集まっているんですよ」  うつむくな。前進あるのみ。  翼のためにも、立ち止まるわけにはいかない。  幼げな顔立ちの中で、丸くはっきりとした両の瞳を凜々しく輝かせてうなずく美緒。強く背中を押してもらえた気がして、太樹もその顔から暗い影を消し去った。 「事件の話を続けよう」  はい、と美緒は返事をすると、西本の手から奪い取ったタブレット端末の画面に表示させた資料を太樹に見せた。
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