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「正直、警察の捜査も手詰まり状態なんですよねぇ」
西本がため息まじりにぼやき始めた。
「目撃者を探そうにも、昨日の校内は驚くほど閑散としていたみたいで有力な証言がまったくヒットしないんです。事件現場の205教室からも証拠らしい証拠がなに一つ拾えませんでしたし、アリバイのない五人の容疑者だって、アリバイがないというだけでそれ以上怪しい点は出てきません。たたけば少しくらいは埃が立つかと思いましたが、全然。凶器の出どころもわからないままですから、はっきり言って迷宮入り確定案件ですよ、今回は」
泣き言を吐き出し終えた西本の鼻先に、美緒の無言の拳が飛んだ。
目にも留まらぬ速さで飛び出したその右手は、西本の顔からわずか一センチ離れたところでぴたりと止まる。西本だけでなく、太樹まで自分のことのように息をのんだ。
「迷宮入りになんかさせない」
瞠目する西本の顔の前から、美緒は突きつけた拳をそっと下ろした。
「みんなが龍ちゃんみたいにあきらめて、たとえ最後の一人になったとしても、わたしは必ず翼くんを殺した犯人を見つけ出す。翼くんの望んだ未来は、わたしが守る」
翼の望んだ未来。
勇者として、魔王を倒すこと。
それが太樹を、親友の心を救う唯一の道だと翼は信じ、覚悟を決めていた。
強い光を宿した美緒の瞳を、太樹ははじめて自分から見ようとした。太樹の視線を感じた美緒と目が合う。
「なにか問題でも?」
「いや、まったく。俺としても、このままじゃ絶対にダメだと思うし」
奪われた『勇者の剣』の行方についてはさておき、翼を殺した人間を野放しにしておくことは許せなかった。どんな目的があったとしても、翼の命が奪われていい理由にはならない。
「とりあえず、今挙がってる容疑者五人から直接話を聞いてみたい。犯人の目的次第だけど、俺が翼を殺したヤツを捜してるって犯人が知ったら、向こうから俺に近づいてくるかもしれない。あんたが俺を担ぎ上げたのも、それを見越してのことだったんだろ?」
「さすがです。察しがいいですね」
「あんたほどじゃない。あんたは肝も据わってるし、駆け引きにも慣れてる。そんな小学生みたいな見た目をしてたんじゃ、周りの人間はあんたの思惑どおりにうまく騙されてくれるだろうな」
「誰が小学生ですか失礼な!」
吠える美緒を横目に、太樹は廊下に座り込み、弁当箱を広げ始めた。気づけば昼休みも残り十分。食いっぱぐれることにはならずに済んでホッとした。
「では、放課後にお迎えに上がります」
美緒は太樹にそう言うと、西本にタブレット端末を手渡しながら彼に伝えた。
「なにか追加情報が出たら連絡して」
「了解です。そろそろ司法解剖の結果が出揃う頃なので、あとで送ります」
「うん、お願い」
美緒と西本が立ち去り、太樹はおかずのたまご焼きを口の中に放り込む。相変わらず食欲はなかったが、母の作ってくれる砂糖の入った甘いたまご焼きは好物だった。ささくれ立った心がすぅっと鎮まっていくのを感じる。
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