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「やめて」
しばしの沈黙ののち、翼が不意に太樹の胸に顔をうずめた。
「きみは魔王になんかならない」
「バカ言うな。運命は変えられない」
「わからないだろ」
顔を上げた翼ににらまれる。
「なにか……なにか方法があるかもしれない」
太樹をにらんでいるのに、翼の瞳はなにかにすがるように潤んでいた。
見ていられなくて、太樹は静かに目を伏せる。優しいのはどっちだよ、と言ってやりたくてたまらないのに、それさえもただ虚しいだけだとわかっているから口にできない。
どんな慰めの言葉も、二人の間には響かない。
たとえ世界が反転しても、二人が倒し、倒される関係であるという事実だけは決して翻らないから。
「ないよ、方法なんて」
太樹の左の手のひらが、おもむろに翼の座っていた窓側の列の席に向けられる。次の瞬間、机の上に転がっていた翼の青いシャープペンが淡い光を帯び、宙に浮いた。
重力に逆らい、教室の中をひとりでに漂うシャープペン。太樹はそれを見ようとしないまま静かに左手を下ろし、目を見開く翼の首筋に視線をやる。
宙を舞うシャープペンが勢いよく動き出す。まるで放たれたボウガンの矢のように、鋭いペン先が太樹の見やった翼の首筋に向かい、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。
翼が大きく息をのんだ。一直線に翼の首めがけて突き刺さりかけたペン先は、首筋からわずか一ミリの隙間を作ってピタリと止まった。
「こんなことができるんだから、俺には」
太樹は顔色一つ、声色一つ変えず言った。
「現状、この地球上で魔力を使えるのは、魔王の魂を宿した者だけ。魔王の復活を待たずして魔力が使えるってことは、俺はいずれ、魔王になるってことだ」
変えられない現実。定められた宿命。
あきらめる以外に道はない。何年も前から、太樹はあきらめてしまっている。
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