1.

3/6

5人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
「やめて」  しばしの沈黙ののち、翼が不意に太樹の胸に顔をうずめた。 「きみは魔王になんかならない」 「バカ言うな。運命は変えられない」 「わからないだろ」  顔を上げた翼ににらまれる。 「なにか……なにか方法があるかもしれない」  太樹をにらんでいるのに、翼の瞳はなにかにすがるように潤んでいた。  見ていられなくて、太樹は静かに目を伏せる。優しいのはどっちだよ、と言ってやりたくてたまらないのに、それさえもただ(むな)しいだけだとわかっているから口にできない。  どんな慰めの言葉も、二人の間には響かない。  たとえ世界が反転しても、二人が倒し、倒される関係であるという事実だけは決して(ひるがえ)らないから。 「ないよ、方法なんて」  太樹の左の手のひらが、おもむろに翼の座っていた窓側の列の席に向けられる。次の瞬間、机の上に転がっていた翼の青いシャープペンが淡い光を帯び、宙に浮いた。  重力に逆らい、教室の中をひとりでに漂うシャープペン。太樹はそれを見ようとしないまま静かに左手を下ろし、目を見開く翼の首筋に視線をやる。  宙を舞うシャープペンが勢いよく動き出す。まるで放たれたボウガンの矢のように、鋭いペン先が太樹の見やった翼の首筋に向かい、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。  翼が大きく息をのんだ。一直線に翼の首めがけて突き刺さりかけたペン先は、首筋からわずか一ミリの隙間を作ってピタリと止まった。 「こんなことができるんだから、俺には」  太樹は顔色一つ、声色一つ変えず言った。 「現状、この地球(テラ)上で魔力を使えるのは、魔王の魂を宿した者だけ。魔王の復活を待たずして魔力が使えるってことは、俺はいずれ、魔王になるってことだ」  変えられない現実。定められた宿命。  あきらめる以外に道はない。何年も前から、太樹はあきらめてしまっている。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加