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「大丈夫か」  ようやく肩の力が抜けた太樹の前に、羽柴が静かにひざまずいた。美緒たちと一緒に行ってしまったかと思っていて、太樹はおもいきり不意を突かれた。 「大丈夫って?」 「強引だろう、美緒は。あの子の行動力には驚かされることばかりだが、他人の都合はおかまいなしに突き進んでしまうところがいつまで経っても治らない。もう小さな子どもではないのだからといつも言い含めているんだが、なかなか」  二人きりの渡り廊下で、羽柴は困ったように肩をすくめる。  羽柴の言うとおりだと思った。自分の願いを叶えるために、平気で他人を道具にしたり踏み台にしたりできてしまう。渡会美緒とはそういう女性、そういう女子高生なのだ。反感を買い、誰かと衝突しようとも、怯むことなく突き進むことのできる人。ガキっぽいと評することもできるだろうが、翻せば、それは彼女の強さでもある。  カチャ、と箸を弁当箱の上に置く音が響いた。 「翼は安心だったでしょうね。あんなまっすぐで強い子に守られていたんだから」  美緒は勇敢なボディガードだ。彼女が常にそばにいてくれたのだから、翼はまさか殺されることになるなどとは思ってもみなかったのではないか。  どんな気持ちで、翼は死んでいったのだろう。いっそなにも感じないまま、深い眠りに落ちるような安らかな死を迎えてくれていたらと切に願う。なにを憂えることもなく、平凡な明日が訪れることだけを考えて。  羽柴が音もなく立ち上がった。端正な顔をより男らしく彩る銀縁眼鏡のブリッジを押し上げ、口もとにささやかな笑みを湛える。 「事件のことじゃなくてもいい。なにか困ったことがあったら俺に言え。担任教師として、政府の人間として、どちらの立場からでも力になろう」 「ありがとうございます」  静かに立ち去った羽柴の背中を見送りながら、同情されてんのかな、なんてことをひそかに思う。  かわいそうに、魔王なんかに生まれて。誰にも愛されずに終わる人生なんてあんまりだ。羽柴はそんな風に思っているのだろうか。だから彼は太樹に優しくしてくれる。  ろくでもないな、と太樹は弁当の続きをつつき始めた。  同情でもらった愛情なんて、最初からなかったのと同じだ。
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