2.

1/9

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ

2.

「昼休みのうちに、大久保先生にはアポを取っておきました」  放課後、美緒は二年七組の教室を覗きに来るなり、太樹を廊下へと連れ出した。二人がこれから向かう先は北館の四階。北館は二階から四階までがすべて特別教室で、一年生のホームルームが並ぶ一階だけは普段からひとけがあるが、二階以上は基本的に閑散としている。放課後は唯一、囲碁・将棋部が三階の化学室を部室として使用するものの、今は部活動禁止期間のため施錠されていた。 「翼くんの事件のことで話がしたいと伝えたら、物理科準備室で待っていると言っていただけました」 「風邪をひいてるってのは本当?」 「はい。ひどい鼻声でしたよ。テスト範囲を教え終わっていて、授業をやらなくてよかったクラスでは一時間まるっと自習の時間にしていたって話です」  教壇に立ってしゃべるのもしんどい、という感じだろうか。夏風邪はこじらせると厄介だと聞く。どんな具合だろうと大久保に心を寄せながら、太樹は美緒とともに歩き出した。  足を動かしながら、なにげなく廊下の窓の向こう、校舎北側の景色に目を向ける。すると、少し前を歩いていたはずの美緒の背中にぶつかった。 「バカ、急に立ち止まるなよ」  自分のほうからぶつかっておいて謝りもしないのはどうかと思いつつ、いの一番に文句を垂れた太樹だったが、美緒は気にする風でもなく、視線を一人の男子生徒の背中にロックオンしたまま言った。 「円藤さんです。先にこちらからつぶしましょう」  美緒の視線の先を、長身で肩幅の広い、黒いリュックを背負った男子生徒がゆっくりと遠ざかっていく様子が目に映った。ちょうど204教室――二年四組の教室から出てきたところだったその生徒こそ、どうやら容疑者の一人である円藤正宏らしい。 「デカいな」  思わず声に出してしまうほど、円藤の後ろ姿は大きかった。背が高い、背中が広いというより、腕だ。異様に太く、ムキムキで、半袖のカッターシャツは袖がパンパンになっている。 「レスリング部所属ですからね、あの方は」  美緒が太樹に耳打ちしてくれた。 「昨年度のインターハイ予選では、一年生ながら全国大会まであと一歩という好成績だったそうですよ。今年は出場するのではというのがもっぱらの噂です。彼は魔族ですから、当然といえば当然なのかもしれませんが」 「当然?」 「魔族の方は、なにかしらの能力に秀でていることが多いんです。ほら、あなたも勉強が得意でしょう。円藤さんの場合、運動能力がわたしたち通常の人間よりもかなり高く生まれてきたのだと推察されます」 「なるほどね。全国大会に出られそうなのも納得ってわけか」  えぇ、とうなずき、美緒はみるみるうちに離れていく円藤の背中を猛然と追いかけ始めた。まるで前にしか進めないイノシシのようだ。声をかけるのかと思ったが、彼女は円藤の横を通り過ぎ、彼の前方に回り込んだ。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加