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「円藤正宏さん?」  あざとい上目づかいをする後輩女子に声をかけられた円藤は、右に曲がって階段を下りようとしていたところで足を止めた。 「誰」 「一年八組の渡会美緒と申します。今は政府の魔王対策チームの一員として動いている、と言えば、わたしたちがあなたを訪ねた理由はおおよそ察しがつくかと思うのですけれど」 「わたし?」  美緒しか視界に入っていなかった円藤が背後を振り返る。ようやく追いついて円藤の左側に立った太樹の存在に気づくと、円藤はなぜか口角を持ち上げた。 「おまえか」 「どうも」 「あぁ、『おまえ』なんて呼び方をしちゃあマズイか。魔族だからな、俺は」  彼は将来、魔王となった太樹の(めい)で魔族の支配する地球(テラ)(つく)る手伝いをする。魔族としての本能が覚醒した円藤にとって、太樹は付き従うべきボスだ。 「なんでもいいよ、呼び方なんて」  太樹はつまらなそうに返事をした。 「魔王でもクズでも人でなしでも、あんたの好きに呼べばいい」 「おいおい、だいぶひねくれちまってんなぁ、我らが魔王は」  白歯を見せ、円藤はニシシと笑う。ほとんどの生徒は太樹が近づいてくると道をあけるように距離を取るが、円藤はそんな素振りを少しも見せることはなかった。 「実はさ、前々からおまえと話してみたいなって思ってたんだよ。でもほら、なんとなく周りが許してくれないっつーか、そういう空気じゃねぇっつーか」 「余計なことは考えないほうがいい。俺とのつながりを持ったところで、翼みたいに変人扱いされるだけだ」  魔王とつるんでいる変わり者。それが翼に対する周囲の評価だった。誰も翼が勇者であるとは知らなくて、だからこそ、なぜ翼は魔王なんかと一緒にいるのかみんなが疑問に思っていた。もっとも、勇者が魔王とつるむというのが根本的におかしなことではあったのだけれど。 「明城翼か」  太樹が翼の名前を出したところで、円藤は遠い目をして廊下の突き当たりを静かに見つめた。 「あいつのことも、結局わからずじまいだったな。それなのに俺は、あいつを殺したって疑いをかけられてる。ろくに話したこともなかったってのに」  わからない、といった風に肩をすくめた円藤の視線が美緒へと移る。 「魔王対策チームの人間だって言ったな、あんた」 「おっしゃるとおりです」 「警察はなんにも言ってなかったけど、要するに、明城翼が殺されたのって」  察しのいい円藤に最後まで言わせまいと、美緒は右の手のひらを彼に向け、口を閉じさせた。 「場所を移しましょう。デリケートな話題に触れなければならないので」  どうぞこちらへ、と美緒は円藤が下りようとしていた階段とは反対側、渡り廊下のほうへと円藤をいざなうように歩き出した。終業後間もない廊下にはまだまだ生徒たちが歩いている。  人の目を避ける目的で、美緒は渡り廊下を通って北館の二階へ移動するつもりだったようだ。北館なら二階以上は特別教室だけなので、テスト期間中の今はほとんど人の出入りがない。  けれど円藤は美緒のあとに続くことなく、「待った」となぜか頬を引きつらせた顔で言った。
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