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「そっちはマズイ」
「なぜです?」
「俺、ダメなんだわ、高いところ。渡りは、ほら、外の景色が丸見えだろ。だから」
円藤がジリジリとあとずさる。太樹と美緒は二人して渡り廊下に目を向けた。
二階、三階、四階と、三つの校舎をつなぐ渡り廊下は、床から一メートル程度のところまでは校舎内と同じ色の壁で、それ以上は大きな窓ガラスになっている。円藤の言うとおり、視界には嫌でも校舎の外の木々や中庭の様子が入ってくる。
なるほど、円藤は高所恐怖症らしい。これほど大きな窓が設けられた廊下では当然高さを感じることになり、高い場所に恐怖を感じる円藤が苦手意識を持つのも無理はなかった。
「二階でもダメなのか」
太樹は円藤に尋ねる。
「普段はどうしてるんだ。二階だろ、204教室も」
「ガマンしてんだって。窓側の席にさえならなきゃなんとか耐えられるから」
「でもあんた、『円藤』だろ、苗字。四月は絶対に窓側の席になるんじゃ」
「それな。ゴールデンウィークが明けるまではマジで地獄。なるべく早く席替えしてくれって毎年お願いしてるよ、新しい担任に」
やや青ざめてさえ見え始めた円藤の姿に、太樹はささやかな同情の念を覚えた。
新しい学年になると、まずは出席番号順に座席が並ぶ。私立首都学園では中学校でも高校でも、窓側の一番前の席が出席番号1の生徒と決められていて、『円藤』という姓では番号はまず一桁台で、確実に窓側の席になる。高所恐怖症の円藤にとっては、次の席替えまでのおよそ一ヶ月は常に恐怖との闘いになってしまうようだ。レスリングでは全国大会を目指しているという猛者が筋金入りの高所恐怖症とは、なんとなく似合わないウィークポイントだなと思う。
「トレーニングルームにしようぜ」
円藤は渡り廊下に背を向け、階段に向かって歩き出した。
「あそこなら誰も来ねぇし、ナイショの話をするにはもってこいだ」
太樹と美緒の同意を得る前に円藤は階段を下り始めていた。一刻も早く高さを感じないところへ場所を移したいらしい。
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