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「昨日の放課後の行動を教えてほしい。できるだけ詳しく」
円藤は「警察にも話したぞ」と型どおりの文句を垂れつつ語ってくれた。
「レスリングの大会が来月に迫ってるんで、先生にお願いして特別にここを借りてトレーニングしてたんだ。放課後まっすぐここへ来て、五時過ぎまでは先生がトレーニングに付き合ってくれた。そのあとは五時半にここを出るまで一人だった。先生は五時十五分から会議があって、俺はからだのクールダウンと器具の片づけをしてから帰った」
図ったように、彼にはアリバイがなかった。翼が殺されたと見られている時間帯に限って、円藤は一人で校内にいたという。
「五時過ぎから校門を出るまで、誰にも会わなかったのか」
「いや、そんなことはない。植木屋のオッチャンたちには会ったよ」
「植木屋」
「あぁ。中庭で脚立を派手にひっくり返してるところに偶然出くわしてさ」
「中庭?」
太樹の頭にささやかな疑問が浮かんだ。
「それ、何時頃?」
「五時半だよ。帰るときに見たから」
「なんで中庭で起きたことをあんたが見たんだ? 体育館からまっすぐ正門へ向かったんじゃないのか」
中庭は南館と本館の間にある。つまり、南館よりもさらに南にある体育館を出てまっすぐ正門へ向かったなら、円藤が中庭で植木屋の姿を見られたはずがないのだ。中庭の様子は、南館の校舎が壁になって見られない。
「こいつを置きに戻ったんだよ」
円藤は左の手首に巻いているスマートウォッチを太樹に見せるようにかかげた。
「これ、便利でさ。腕に巻いてるだけでトレーニングの記録を勝手に取ってくれるんだ。記録は顧問の先生のPCに自動で転送されるから、俺がどんなトレーニングをして、どんな風にからだが鍛えられていくのか、先生とも共有できるんだ」
「へぇ。便利だな」
「だろ。だからトレーニング中はいつもつけたままにしてて、帰るタイミングで靴箱まで返しに行くんだ。昨日はそのついでに教室に置き忘れた筆箱も取りに行って、そのときだよ、植木屋のオッチャンたちが中庭にいることに気づいたのは」
「教室から見たってことか、中庭の様子を」
「いや、それは無理。言ったろ、窓には近づけねぇんだって」
そうだった。彼は極度の高所恐怖症で、校舎の二階からですら外の景色を見ることを避けるのだ。
「中庭からすごい音が聞こえてきて、なにごとかと思って急いで一階まで下りたんだ。そしたらオッチャンたちがデカい脚立を二人がかりで運んでて、なにかの拍子に落としちまったらしいってわかったんだ。手伝おうかと思って声もかけたんだけど、大丈夫だって言われたからそのまま帰ったよ」
太樹はうなずき、「今の話、警察には?」と問う。円藤は「話したよ。当たり前だろ」と答えた。
円藤の話はこれですべてとのことだった。美緒は難しい顔をしていたが、太樹の中では一つの結論がまとまりかけていた。
「ありがとう。参考になったよ」
「そいつはよかった。なぁ、俺からも一つ、頼んでいいか」
円藤のつぶらな瞳がキラリと輝く。嫌な予感がしてならないが、太樹はひとまず話だけでも聞くことにした。
「なに」
「見せてくれよ、魔力ってやつ。おまえにしか使えないんだろ、今は」
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