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美緒が小さく息をついた。生ぬるい梅雨時期の風が雨のにおいを含んでいる。
「残る四人の容疑者も、あなたが話を聞けば容疑が晴れていくんですか」
ゆっくりと歩き出した美緒の口調から苛立ちの色を感じた。覚えはないが、どうやら余計に怒らせたらしい。
「なに怒ってんだ」
「怒ってはいません。悔しいだけです」
「はぁ?」
今の会話のどこに悔しがる要素があったのか。たいした理由もなく不機嫌になられ、場の空気が悪くなるのは納得できない。といっても、もともとよくはなかったが。
「意味がわからん」
ボソリとつぶやくと、美緒はいっそう不機嫌な顔をして太樹を振り返った。
「鋭いのか鈍感なのか、どちらか一方にしていただけませんか。腹が立ちます」
いよいよ面と向かって牙を剥かれ、太樹も我慢の限界を超えた。大人げないと思いつつ、つい言い返してしまう。
「そんなに俺のことが嫌いなら、あんた一人で犯人捜しをすればいいだろ。身勝手に俺のことを引っ張り出しておいて、そんな態度を取られたんじゃ割に合わない」
「身勝手とはなんですか。協力すると言ったのはあなた自身でしょう」
「あぁ、そうだったな。なら、あの発言は撤回する。俺は一人で犯人を捜す」
美緒が勝ち誇ったように鼻で笑った。
「やれるものなら、どうぞやってみてください。あなたを相手に、素直に話をしてくれる人が果たしてどれだけいるか」
的を射た美緒の指摘に、太樹の胸が小さく痛む。
悔しいが、美緒の見立ては正しい。太樹が一人で近づいても、話を聞くどころか、ヘタをすれば相手は太樹を見ただけで逃げ出してしまうかもしれない。翼殺しの件がなくても、そういう人間は少なくない。太樹の中に眠る魔王を、太樹そのものだと思っている人間は。
「さぁ、行きますよ」
有無を言わさず、美緒は太樹を引き連れていくつもりで歩き出した。
「くだらない言い争いをしている暇はありません。他にも話を聞かなければならない人がたくさんいるんです」
太樹はまたカチンときた。美緒の言い方にはいちいち棘があるし、喧嘩をふっかけてきたのはそもそも美緒のほうだ。負の感情を呼び起こすのはよくないと頭では理解できるけれど、ここまで露骨に嫌悪感を示されると誰だって普通に腹が立つ。是が非でも主導権を握ろうとする彼女の態度も気に入らない。
スタスタと前を行く小さな背中を蹴り飛ばしてやりたい気持ちをどうにかこうにか抑え込み、太樹は黙って美緒のあとに続いた。
怒っちゃダメだよ、太樹。
翼が耳もとでそうささやいてくれたような気がした。
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