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「どうです、鬼頭さん」  勅使河原は、まるで勝利を確信したような目をして太樹に言う。 「明城さんははとても警戒心の強い子だったと、ご両親からも証言をいただいています。そんな彼が今回、無抵抗のうちに殺された。正面から腹や胸を刺されたのならまだ理解できるのですが、背中を一突きにされるというのは、ご自身が命を狙われる立場だと理解していた彼の死に方としてはどうにもしっくりこないのですよ。いつ、どこで、誰に襲われるかわからないと常に気を張っていた明城さんですから、たとえ学校内で接触してきた相手であっても不用意に背を向けるとは思えない。例外があるとすれば、勇者を殺すメリットのない者か、よほど信頼している相手くらいでしょうか。そう……たとえば、あなたのような」  勅使河原の口角が不気味な角度でつり上がる。あなたになら、明城さんを背後から襲うなんてのは赤子の手を捻るようなものでしょうな。そんな風に言いたげな、勝ち誇ったような微笑。  暴論だとは思わない。話の筋は通っている。確かに太樹なら、魔力を使って翼の背中を刃物で刺すなどたやすいことだ。気配を消して近づく必要もない。教室の外からでもできてしまう。  だが、あきれて物も言えないとはこのことだ。勅使河原はどうしても太樹を翼殺しの犯人にしたいらしいが、やってもいないことをどうやって認めろと言うのだろう。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、口を開く気にもなれない。 「いい加減にしてください」  太樹の代わりに、美緒が勅使河原に刃向かった。 「今のは自白の強要ですか。違法捜査で訴えますよ」 「とんでもない。可能性の一つを提示したまでです。我々の希望は、鬼頭さん、あなたに真実を話していただくことだけですから」  太樹はいよいよため息をついた。真実。そんなの、もう何度も話している。 「俺じゃない。俺は翼を殺してない」  それ以外、どんな回答も存在しない。にらみ合うように絡んだ視線を、勅使河原のほうから先にそらした。 「雨が降り出しそうですな」  廊下の向こうの空を見上げたわけではなく、勅使河原は引きずって歩いた右膝をさすりながらつぶやいた。 「こいつが教えてくれるんですよ。ずいぶん昔のことだが、捜査中に痛めましてね。雨が降ると途端に動きが悪くなるんですわ」  訊いてもいないことをベラベラとしゃべり、勅使河原は捨てゼリフ代わりに太樹に一言残していった。 「あなたの力で、天気をうまいこと操ってもらえると助かるんだが」  わざとなのか本気なのか、右足をやや引きずって立ち去る勅使河原の背中を、太樹は腹の中にふつふつと煮えたぎるものを感じながら見送った。今夜は土砂降りの雨にしてやる。いや、そんなに痛んで不快なら、いっそのこと膝から下をもぎ取ってやろうか。
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