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 美緒を北館四階に一人残し、太樹は南館二階の職員室へ向かった。中に入ることはできないので、扉を開けたところで声を張って担任の羽柴を呼ぶと、彼は心配そうな顔をして出てきてくれた。 「どうした。なにかあったか」 「いえ、特に」  勅使河原のことは黙っておいた。会っていないことにしておけば、これ以上羽柴に心配をかけることもない。 「手伝ってほしいことがあるんですけど、少しお時間をいただけませんか」  羽柴はすぐに首肯せず、銀縁眼鏡の奥の瞳をかすかに細め、職員室の扉を後ろ手に閉めた。 「翼の事件絡みか」 「はい」 「美緒に付き合わされているのか」 「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるって感じです。半分は俺の意思だから」  羽柴は一瞬驚いた顔を見せ、「すっかり感化されているな、美緒に」と悟ったように笑みをこぼした。  事情を説明し、羽柴と二人で大型の脚立を中庭へと運ぶ。今日も今日とてひとけのない放課後だ。いったいなにが始まるのかと見物に来る者はない。  太樹はスマートフォンを取り、番号を交換し合ったばかりの美緒に電話をかけた。待ちかまえていたかのように、美緒はすぐに応答した。 『羽柴先生は捕まりましたか』 「あぁ。準備もできた。倒すぞ」 『はい。いつでもどうぞ』  一度電話を切り、太樹は羽柴に目で合図を送る。  二人がかりで支えていた脚立から、二人同時に手を離す。背の高い脚立はゆっくりと地面へと向かい、派手な音を立てて倒れた。  鼓膜がビリビリと痛む感覚に襲われながら、太樹は今一度美緒に電話をかけた。 『はい』 「聞こえたか」 『えぇ、かすかに。ですが、意識的に耳を澄ませていたので聞こえたのだと思います。仕事に集中していたらどうだったか』 「そうだよな。北館にいたんじゃ、どうしたって本館の校舎が壁になる。小さくしか聞こえなかったとしたら、記憶に残らなかったとしても不思議じゃない」 『では、彼の証言に矛盾はないと?』 「今のところはな」  美緒の言う「彼」とは、物理科教師の大久保のことだ。太樹たちは今、先ほど聞いた大久保の話の裏取りをしているのである。
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