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 翼の遺体が発見される午後五時五十五分まで、大久保は北館四階の物理科準備室に一人でいた。その間、彼は不審な物音を聞かなかったと話している。  だが実際は、午後五時三十分に中庭で大きな音が鳴っていた。植木屋が脚立を倒す音で、本館の二階にいた円藤正宏はその音に気づいていた。かなりの音だったと円藤が話していたことから、大久保の耳にも実は届いていたのではないか、だとしたらなぜ大久保はその話をしなかったのかと太樹は疑問に思い、実際のところはどうだったのか、こうして実験してみることになったというわけである。  大久保の代わりに、北館四階には美緒が残った。南館と本館の間にある中庭の音が、北館の校舎内にはどのように聞こえるのか確かめるためだ。  結果、ほとんど聞こえなかったと美緒は答えた。つまり、大久保は嘘をついていない。本当は聞こえていたのになにもなかったと話したのなら怪しむべきだと思ったが、どうやら取り越し苦労に終わったようだ。大久保は体調を崩しており、仮眠を取っていた時間もあったと言っていたから、たとえば脚立が倒れたちょうどそのタイミングでくしゃみが出たとか、仮眠中に脚立が倒れたとか、なんらかの理由で音を聞き逃していたとしてもおかしくはない。  どちらにせよ、中庭で立った音は本館の校舎が壁になり、北館にいてはとても小さくしか聞こえないのだ。仮に聞こえたとしても、それを覚えていなかった大久保を責めることはできないだろう。  美緒との通話を終えた太樹は羽柴とともに脚立を持ち上げようとしたが、かがめた上体を起こそうとした途端、軽い眩暈を起こしてふらついた。 「鬼頭」  羽柴がとっさに太樹の腕を取って支えてくれる。脚立から手が離れ、ガシャン、と再び足もとで大きな音が鳴り響いた。 「大丈夫か」 「すいません」  横倒しになった脚立を腰かけ代わりに座り込む。短時間に何度も魔力を使ったせいで、いつの間にか体力をすり減らしてしまったらしい。目をつむっていても世界がぐるぐる回っていて、しばらく立ち上がれそうにない。太樹は両手で顔を覆った。気分が悪い。 「もう少し自分のからだを大事にしろ」  羽柴は半ば呆れたような声をして、太樹の隣に腰を下ろした。 「また魔力を使っただろう。それも二度も。美緒が一緒だったからあえて詮索はしなかったが、あまり魔力に頼って生活するな。からだに障る」  話してもいないのに、羽柴は太樹が魔力を行使したことを知っていた。昨日の話のとおり、彼は太樹に貸与されているスマートウォッチで計測される生体データを逐一監視しているのだろう。体温や心拍数の急激な上昇を観測すれば、太樹がいくら黙っていようと魔力を使ったことが彼らにはバレてしまうのだ。まったくもっておもしろくない。
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