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太樹は首を横に振り、なげやりな口調で答えた。
「どうでもいいですよ、俺のからだのことなんて。どうせ一年後には消えるんだし、体力だって、一晩眠ればたいていもとどおりだから」
「そういう問題ではない。……いや、実際にはそうなのかもしれないが、俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ」
太樹は重い頭を上げ、左隣の羽柴を見る。太樹を心配する親心のような感情が、羽柴の整った顔にありありと映し出されていた。
「どうして先生は、俺の味方になろうとしてくれるんですか」
翼の遺体が発見されたとき、彼は太樹に言ってくれた。俺はきみの味方だ、と。
今もそうだ。羽柴は太樹のからだについて案じてくれている。困ったときには手を貸そうと言ってくれてもいる。
太樹は魔王なのに。この世界と人類を滅ぼそうとしているのに。あるいは、やはり憐憫の情を傾けられているのだろうか。かわいそうに、なんて思われていたらたまらない。
羽柴は不思議そうに小首を傾げた。
「いけないか?」
「いや、いけなくはないけど」
「同情されていると思っているのか」
図星だった。顔に出たらしく、羽柴は笑った。
「すまない。そんなつもりはなかったんだが、そう思わせてしまっていたか」
「いえ、俺のほうこそ、すいません。嫌だってわけじゃないんだけど、ただ……」
言葉を慎重に選びながら太樹は話す。
「俺の味方になってくれる人なんて世間じゃ全然いないから、俺に近い人だって知られたら、先生も周りから爪弾きにされるんじゃないかって、心配で」
翼がそうだった。太樹とつるんでいたばっかりに、彼は変人扱いされた。太樹以外の友達が翼にはどれほどいただろう。
そんな友人を知っているから、羽柴のこともつい心配になってしまう。まして羽柴は魔王対策チームの人間だ。魔王の魂を宿している太樹に肩入れしていることを知られれば、チームに居場所を失うことになりかねない。それは太樹の望むところではなかった。
湿り気を帯びた夕刻の風が中庭の青い桜を静かに揺らす。羽柴は太樹の頭に手を伸ばし、風になびく髪をそっと撫でた。
「優しいな、きみは」
「え?」
「余計な気づかいをさせてしまって悪かった。俺のことなら心配しなくていい。俺は俺の意思で動いている。ただ純粋に、少しでもきみの力になれればいいと思っているだけだ」
なにか裏がある、と勘ぐるのは野暮だろうか。彼は本当に、なんの目的もなく太樹に優しさを傾けてくれているだけなのか。
少しずつ雲が厚くなり始めた南の空に目をやり、羽柴は淡々とした口調で語り始めた。
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